こぼれる

酒井 若菜 春日出版 2008年6月

 

一つの物語を複数の人の視点から描いた群像劇。恋愛小説という括りではないと思う。“雫”を中心に交差する人間たちのドラマ。

司馬先生の本を読むと知って、にわかにファンになった。正直、始めの方の文体などは読みにくく感じたが、後半はすらすら読めた。なにげに技巧的で扱っているテーマも読みごたえがある。普通に面白かった。一つ一つの物語はハッピーとは言いがたいが、ポジティブなメッセージを発している。きっとそれは「夢を与えられなければ、テレビではない」と臆面もなく言いはなつ彼女のスタンスなのだろう。あとがきは特に好き。すっぴんで町を歩くというが、言葉もすっぴんである。次回作には謝辞を入れてほしい(^ ^

ピープルウエア 第2版 - ヤル気こそプロジェクト成功の鍵

2001 日経BP社 トム・デマルコ, ティモシー・リスター, 松原 友夫, 山浦 恒央

 

ソフトウェア開発管理の名著。環境、退職の影響、チーム、プロセスなど様々なトピックについて、実際のエピソードを交えながら管理者の心構えについての書籍。

デマルコ氏の書籍は昔に一冊読んだことがあったが、これもリストにあったので読んでみた。CMMについて、批判的なのが印象的だった。やはり自尊心の問題は大きいと思った。

パラレルな世紀への跳躍

2007 集英社 太田 光

 

「人間は本当に皆、歳を重ねるにつれて大人になっていくのだろうか。私にはどうも、その逆に思えて仕方がない。我々は歳を重ねるにしたがって“無垢”に向かっていくのではないだろうか。」

太田光氏のエッセイ。話題は政治、戦争、妄想、回想、小説、芸人、芸能など多岐に渡る。切り口も面白く、自分と世界とのギャップや、理想論を当事者として率直に語る。

太田氏を特に好きということはなく、今までちゃんと見たこともなかったが、某女優さんが一番好きな本に挙げていたので読んでみた。すごい読書家ということで、文章もうまく羨ましい。全体を通して強い反戦主義を貫き、表題の「パラレル」の中には多様主義の匂いを感じた。その多様主義の源は、自分と周りとのギャップがあるのかもしれない。特筆すべきは、すべての問題に対して、自分が問題に責任ある立場として批評することなく意見している点だ。宇宙や戦争の問題はちょっと自分との認識の差を感じたところもあった。サリンジャーを好きなのも共感を持て、挙げられていた作家さんも読んでみようと思った。一番に好きな話は短編の天使のものかな。短編を読んでみたい。とにかく、笑ったり泪が出たり考えたり、こんなにゴチャゴチャなエッセイは初めて。たぶんテレビの中の太田氏を好きになることはないかもしれない。けれど、彼の書いたものは大好きになった。

スーパーエンジニアへの道―技術リーダーシップの人間学

1991 共立出版 G.M. ワインバーグ, 木村 泉, 木村$

 

ワインバーグ氏が問題解決型リーダーについてエピソードを交えて示唆的に語る。動機付け、組織化、アイデアの流れの制御、などにテーマを分類している。

コンピュータ関連のバイブルをあまりにも読んでいないことが露見したので、「コンピュータの名著・古典100冊」にあった本書を読んでみた。内容を一言で語るのは無理であるが、エピソードで暗示された方法論に学ぶところは多い。何度か折にふれて読み返した方がいいかもしれない。コミュニケーションの方法論で、自分の発言にいたるすべての感情の変化を説明するというものがあったが、これはいいかも、と思った。もちろんフィルターは必要だとは思うが。

世界文学全集〈第3〉赤と黒 (1965年)

1965 河出書房新社

 

身分は低いが野心を持った美しい主人公ジュリアン・ソレルは、その頭脳の明晰さを買われて町長・レナール家で家庭教師として雇われる。やがて、ジュリアンはレナール夫人と恋におちる。さらにパリの神学校に行き、大貴族のラ・モル侯爵の秘書にまで上り詰めるが、そこで起きる事件によって出世の道は閉ざされる。スタンダールの代表作。

モーム10選に入っていたから読んだが、素晴らしく面白かった。気持ちよかった。

生物と無生物のあいだ

2007 講談社 福岡 伸一

 

「遠浅の海岸。砂浜が緩やかな弓形に広がる。海を渡ってくる風が強い。空が海に溶け、海が陸地に接する場所には、生命の謎を解く何らかの破片が散逸しているような気がする。だから私たちの夢想もしばしばここからたゆたい、ここへ還る。」

文章が美しい。学問的な説明の中に、詩的な情景が差し挟まれる。分子生物学の歴史をひもときながら、生命を定義しなおすという大きな命題に立ち向かう。「聖杯」を探して、分子生物学を前に推し進めた科学者たちの人物や、そのスキャンダルやセンセーショナルな発見の物語。

自己複製がDNAの本質であり、生物の定義だと思っていた。しかし本書によると、DNAですら「動的平衡」に支配されていて、それが生物の本質だという。また生物はなぜ原子に比べてこんなに大きいのか?というシンプルな問いにも言及されていて興味深かった。私は人が集まりである組織と生物とを比較するのが好きであるが、食物の摂取によるエントロピーのコントロールや、大きいことによって統計的な安定を確保するという考え方は興味深いものがあった。

生きることについて―ヘッセの言葉 (1963年) (現代教養文庫)

ヘルマン・ヘッセ 社会思想社 1963

 

「私は闘争や行動や反抗をいささかも支持しません。世界を変革しようとする、すべての意思は、戦争と暴力へ導くものだと思うからです。従っていかなる反対にも組することができません。私は簡単に割り切った考え方を是認できませんし、地上の不正と邪悪が取り除き得るものだとも思っていません。私たちが変えうるもの、そして変えなければならないものは、私たち自身です。私たちの性急さ、利己主義(精神的なものも)、すぐにむきになること、愛と寛容との欠如などです。それ以外の、一切の世界の改革は、たとえどんなに善意から発していても、私は無益だと思います。(書簡)」

書籍や書簡などから抜き出されテーマ別に編集されたヘッセの言葉たち。

小僧の神様・城の崎にて

2000 新潮社 志賀 直哉

 

小僧の神様などの代表作を含む志賀直哉の短編集。

印象に残ったのは「佐々木の場合」「赤西蠣太」「焚火」「雨蛙」不倫がどうのこうのというのはあまり好きではない。赤西蠣太は何度も読んだ。映画もあるみたいだから、見てみよう。

食品を見わける

岩波書店 磯部 晶策

 

「北海道の帯広市の町村農協が集まって設立した乳業メーカーがある。そのバターのよさに引かれて工場見学におもむいたとき、工場の庭に黒色のえたいのしれないごみの山を見かけた。たずねてみると、コーヒーの出し殻ということである。牛乳工場にコーヒーの出し殻がボダ山のようにうず高く積みあがっている。『なにに使ったのですか』という質問に、『もちろん、コーヒー牛乳の材料ですよ』という答えを聞いたときには、文字どおり仰天、空を仰ぐほどおどろいた。麻袋づめのコーヒーを焙り、適当な粒子に挽き、それを煮出してコーヒーをつくる現場を見てさらにおどろいた。」

30年も前に出版された食品の本だが、まったく色あせていない。バイブル的な書ということだ。

とにかく筆者の知識の深さと広さに驚いた。トマトジュースの歴史や、鶏卵をはじめ、酒、ジャム、バター、はちみつ、チョコレートなどの知識の他にも、海外の食品やスーパーマーケットの成り立ちなどカバーしている範囲が広い。“日本ではチョコレートを溶かして飲むという習慣がないために海外のチョコレートよりも添加物を入れやすい”などは文化的背景も絡んでいるので興味深かった。食品については大騒動になったことが何度もあるが1、2年すれば忘れ去れるということだ。ここ最近の中国産の食品についても同様だろう。

「味と安全性を守るという信念のもとに努力している製パンメーカーが、合成保存料を断乎として添加しないために、湿気が多く暑い季節には、自社製カステラにかびが生えることで悩んでいた例がある。消費者の苦情があるたびに、謝りにいったり保健所に始末書を出しにいかなければならない。『合成保存料が許可されているのだから、それさえ添加すれば……とふと思うたびに自分自身を叱り付けているのですよ』と語っていたが、メーカー側には、このような人知れぬ苦労もある。」