大英帝国という経験 (興亡の世界史 16)

2007 講談社 井野瀬 久美惠

ブレグジットで話題になった国はどういう国なのか?かつてどのように帝国になってどのように植民地を失ったのか?同じ島国としては気になるので読み始めた。奴隷やアイデンティティなどの興味深い問題が深く掘り下げられていて非常に勉強になった。

本の構成

 18世紀の「アメリカの喪失」の経験から始まり、「連合王国と帝国再編」でスコットランドとの関係を描き、「移民たちの帝国」でアメリカ・カナダ・オーストラリアに移住していく人たちを描き、「奴隷を開放する帝国」で奴隷貿易でも受けた過去を精算して奴隷解放を主導したクラークソンと歴史を紐解く。「モノの帝国」では紅茶の歴史を植民地支配とともに振り返り、1851年の万国博覧会から続く商品文化の発達を語る。「女王陛下の大英帝国」ではプライベートのイメージを作るヴィクトリア女王とその奴隷解放に進む上を描く。「帝国は楽し」でエジプト展やトマス・クック社による商業化される旅行・ミュージカルなど文化面をカバーし、「女たちの大英帝国」で女性の移民・フローラショウやメアリキングズリなどのレディトラベラ・メアリシーコルの海外での活躍に触れる。「準備された衰退」で南アフリカ戦争とそれに関係したフーリガン・ボーイスカウト運動とさらに日英同盟の始まりと終わりを語り、最後に「帝国の遺産」でガートルード・ベルとイラク建国の顛末に続き移民とアイデンティティで締め、大英帝国の歴史と現在の問題にもつなげる。

気になったポイント1 ローマ帝国衰亡史

 ローマ帝国衰亡史は哲人皇帝マルクス・アレニウスが亡くなるところからビザンツ帝国が滅亡するまでの帝国が縮小していく過程を描いたギボンによる歴史物語だが、国会議員でもあったギボンのローマ帝国衰亡史がアメリカの喪失の体験と関わりがあったというのはまったく知らなかった。ギボンも参戦したというフランスとの七年戦争で積み上がった負債の一部をアメリカに追わせようとしたところからアメリカとの対立が始まっているが、ローマ帝国衰亡史がアメリカ独立の同時期に描かれていて、さらに国会議員としてアメリカ喪失を間近で見ていたというのも驚いた。

気になったポイント2 アイデンティティ

 スコットランド人の徴兵やジャコバイドの反乱やスコットランド帝国を作ろうとしたが失敗して、イングランドの経済的な締め付けにより大英帝国に取り込まれていったことなどは、イングランドを理解するうえでは非常に重要なピースであった。またそれが風と共に去りぬの下地になっているというのも興味深かった。
 植民地にいた奴隷も現在につながる重要な問題で、奴隷問題に対して尽力したクラークソンは素晴らしい人物に映った。しかし紅茶も奴隷によって支えられていたもので、紅茶のリプトンのブランド名にも「帝国」の文字があるのは知らなかった。インドや南アフリカ戦争など帝国と敵対した外国人たちの扱いのツケもイングランドは払っていて、現在の国内問題にも通じているのは興味深い。思えば日本の在日朝鮮人問題も同じような構造かもしれない。

最後に

 奴隷や女性などに関連するテーマを掘り下げて書いてあるので、非常に興味深く読めた。細かい文化的なテーマにも触れていて楽しめるのと共に、主にアイデンティティに関わる大英帝国に生きる人々の思考も理解でき、ブレグジットの背景に横たわる大きなものも感じることができた気がする。また、女性の著者だからか女性の活躍にスポットが当てられていたのも良かった。

 ということで、近代のイングランドの歴史や文化を知りたい・学びたい人にはおすすめです!