還魂

2022 tvN パク・ジュンファ

 中二病気味の娘はアクションなどが入っているファンタジーは楽しめるのではと薦めたNetflix作品だが、見てみると複雑な人間関係の中に様々な伏線がはられた見ごたえのあるもので、自分もハマってしまった。大人も子どもも楽しめるファンタジーロマンスドラマである。

登場人物・世界観

 テホ王国という場所で、水の気を使う術士がいる世界。4つの名家、パク家、チャン家、ソ家、チン家がある。パク家はテホ国の最大組織「ソンニム(松林)」を統括しており、術士教育機関である精進閣には術士が所属している。術の中には禁術の還魂術があり人の魂を入れ替える術である。この術を使って身体を入れ替えたり、死にそうな人に健康な人の身体をあてがったりできる。
 また、それぞれの名家には若者がいて、比較的仲良く交流している。ソンニムの統帥の子どもはパク・ダング。チャン家にはおぼっちゃまのチャン・ウク。ソ家にはソンニムに留学してきているソ・ユル。チン家にはお嬢様のチン・チョヨン。この中でチャン・ウクだけが術を使えない。
 主人公はナクスという女性で、強い術を使うことができる一匹狼の殺し屋。ソンニムの術師と戦っている。

物語の始まり

 ナクスは組織の求めに応じて、高度な術を駆使して殺し屋として働いてきたが、ソンニムとの戦いでついに負傷する。追い詰められたナクスは身体を入れ替える還魂術を使って負傷した身体を捨てて、ムドクという身体に乗り移る。ムドクの身体は弱々しくでナクスであったときの自分の力を出すことはできない。そんな折、ムドクはチャン家のお坊ちゃまのチャン・ウクの下女として身の回りの世話を焼くことになる。
 チャン・ウクは術を使えるようになるために様々な師匠に弟子入りしているが、未だ術を使えない。そんな折にチャン・ウクは下女のムドクは実はナクスであることを見抜き、弟子入りすることになる。

気になったポイント

 術を使えるという不思議なファンタジー世界だが、ハリボテ感はなく奥行きのある世界として感じて没入できる。理由の一つは術やその他で使われるシーンのCGが美しく幻想であることかもしれない。また回想シーンなどで過去からつながる現在の時間の流れを描いているのとともに、主人公が暮らす地域以外の場所も描かれていて空間的な広がりも描いていて幻想的な世界を抜け目なく形作っている。

 また脚本がコメディ小話のようなものを挟んで、視聴者の気持ちを緩ませてくれている。またムドクを演じているチョン・ソミンさんの愛嬌のある演技も全体的な雰囲気を柔らかくする。走っている姿だけでも運動神経がよくなさそうで可愛げがある。シーズン2は彼女がいなくなるようだが、私も心配している視聴者の一人である。

最後に

 過去から続くそれぞれの思惑に翻弄され、主人公たちはたびたび苦境に立つ。しかしその苦境の中でチャン・ウクと師匠のムドクが手を取り合って成長し、問題を打破していく物語になっている。またなかなかうまく行かないラブロマンスでもあり、血みどろの戦いシーンもあるが全体としてはコメディタッチで描かれていて、力を抜いて鑑賞できる。還魂術によって人が入れ替わることで、物語を複雑で謎の多いものにしていて、多くの伏線を生む魅力的なストーリーの源泉となっている。シーズン1の20話が終わっても伏線をすべて回収しきれていない。

 基本的にはラブコメディでもあるので広く楽しく見られるドラマです。シーズン2も製作中ということなので、早めにシーズン1を見て準備しておくことをおすすめします!

大日本・満洲帝国の遺産 (興亡の世界史 18)

2010 講談社 姜 尚中,玄 武岩

 少しづつ読み進めている興亡の世界史の中に近代日本を扱ったものがあったので手にとった。満州帝国とその中でつながってくる岸信介氏と朴正煕氏に焦点を当てて解説している。

 折しも孫の安倍晋三氏が銃殺されたのもあり、その祖父を知ることは意味がある。私は消費税を上げた安倍政権にはかなり否定的である。本書の著者たちも韓国系の方々であり大日本帝国を否定的に描いていし、それを率いていた岸信介を否定的に描こうとしているが、私は岸信介に否定的な印象は受けなかったのが正直なところである。

本の構成

 岸信介と朴正煕の生い立ちから始まる。清朝滅亡後に張作霖が日本の支援を受けながら満州は実行支配していたが、張作霖が殺されてしまい。息子の張学良に引き継がれるが彼は国民政府に、(TODO)、をしてしまう。満州を支配したい日本政府は1931年に満洲事変を起こして満州国を建国する。満州国建国の前から日本人を移住させようと夏目漱石に紀行を書かせたりして宣伝するがうまく行かず、植民地の韓国から満州国を成功する土地として移住者を募る。そして朴正煕も軍にはいるため満州国へ移住する。
 建国された満州国は立憲共和制の国だったものの日本の傀儡国であり、日本の官僚たちが送り込まれる。その中の産業部次長に岸信介が名を連ねる。そこで彼は宮崎正義からの着想を経て国家社会主義の実験を主導していく。そして戦後、岸は満州で行った国家社会主義を日本で実行していき、高い経済成長を実現する。
 一方で朴正煕は大統領になり独裁方向に傾いていくが、満州国を真似た国家社会主義や重工業への移行を成し遂げていく。

 どうも話の流れが追いにくいようにも感じた。誰しもが知っているだろうと著者が思うことについてはスッポリと抜けていて、突然に戦後に飛んでいたりする。岸信介が書いた文章などの紹介も多いのでそこは興味深いが初学者へも少し配慮があって良い気がした。

気になったポイント1 国家主導

 満州国での岸信介は国家社会主義の実験を行った。特殊会社法による満州に一業一社の特殊会社を作るとともに、資本を確保するために満州重工業開発株式会社を作るために裏で辣腕を奮ったのが岸信介だった。そして戦後に生き残った彼は、日本で保守合同を経て政権を取り「新長期経済政策」(1957年)を掲げる。それは池田内閣の「所得倍増計画」につながっている。岸は自由化の外圧に巧みに対応しながら、統制を温存してGDP12%の伸びを実現した。

 岸信介はCIAの工作員だったと記録も残っているが、国家社会主義によって日本の高度経済成長の基礎を作り出したというのは知らなかった。これはアメリカには特にプラスになっていないようにも感じるが、どういうことを命令されていたのかは気になるところである。この国家社会主義は今は日本では自由主義によって破壊されているが、特に中国では適用されて発展を支えている。この当時の国家社会主義については宮崎正義の研究があるようなので、勉強していきたい。

気になったポイント2 韓国と満州国の関係

 日本は韓国の経営はうまくできていなかったのか、新天地を求めて韓国全土から満州への移住者が増加していっている。満州での韓国人への圧迫も問題になっている。それもあってか満州国では日本・朝鮮・漢・満州・蒙古の五族融和が掲げられているが、建国で安定してさらに移住者が増加している。

 なぜ韓国の経営がうまく行っていなかったは気になる点である。台湾では日本人が祀られていたりするほど、(全てとは言わないが)一部では慕われていることもある。韓国人の反日はもちろん民族独立の道具として使われているのもあるとは思うが、こういう経営の失敗もあるようにも感じた。このあたりの事情はもう少し知りたいところである。

最後に

 全体的な感想としては、申し訳ないがとにかく読みにくい。何か文章に凄みをだそうとしているのか、鬼胎などのパワーワードが頻出したり、鉤括弧が多用されていたり、「人口に膾炙する」とか2連続で出てきたりしていた。構成ももう少し工夫してほしかったが、何とかそこに耐えられれば岸信介の業績を知ることができるのは良いと思った。朴正煕についてはあまり知識も興味もなかったので、さらっと流してしまったが、知りたい人にとっては有意義な書籍だと思う。

 岸信介が日本再建連盟で出していた5大政策は、真の独立、反共産主義、米アジアとの経済・通商強化、地方復興と中小企業の育成、憲法の改正。憲法の改正についてはどう改正するのかが重要だが、他は特に異論がなく、現在の日本で実行してほしい政策である。このようなことができる政党が出てきてくれることを祈りたい。もちろん祈っているだけでなくて、政治に積極的に関わることは大切だし、投票を超えてボランティアなどもがんばりたい!

ウ・ヨンウ弁護士は天才肌

2022 ENAチャンネル ユ・インシク

 Netflixのおすすめに表示されて自閉症に関連していたので、気になった。自閉症といえば過去にも本を読んだこともあるが、「ザ・コンサルタント (原題: The Accountant)」も好きな大好きな映画だ。見てみると楽しくて心に響くドラマだった。

登場人物・世界観

 ウ・ヨンウは新米の弁護士である。小さい頃から挙動が普通ではなく医者に自閉スペクトラム症と診断されるが、一方で驚異的な記憶力に恵まれ、その特技を生かして見事に弁護士になった。その後なんとか一つの法律事務所に所属して、弁護士として歩み始める。優しい父親、理解して評価してくれる優しい上司ミョンソク、いつも味方をしてくれる同僚でロースクール時代の同級生スヨンもいるが、一方でライバル視をしてくるクォンなどもいる。また訟務チームのジュノはモテモテの爽やかイケメンだが、いつしかウ・ヨンウが気になっていく、という少女漫画的なストーリーにもなっている。

物語の始まり

 幼少時代は外的なショックでパニックになってしまったり、トランポリンを飛び続けるような不思議な子だったが、ふとしたことから部屋にあった刑法の全文を暗記していることが分かる。弁護士になり初出社の日を迎えるが、満員電車のストレスを大好きなクジラを思い浮かべることでやり過ごそうとする。なんとか会社にたどり着いて上司に面会するものの、”自閉スペクトラム症”と説明された上に言葉遊びのような早口の自己紹介をされると上司は持て余してしまう。しかし、その上司も仕事を進めていく中で、ウ・ヨンウの実力に気づいていく。

テーマ ー 誰もがもっている社会との摩擦

 ウ・ヨンウは回転ドアをうまく通れない。ドアを開けて部屋に入るときに間をおいて入る。物理的な世界においても何かウ・ヨンウがうまく行動できないような仕組みになっている。気持ちの世界でも人の気持がわからなかったり、言動が直接的でオブラートには包まれていないことが、他の人を気まずくさせたりもする。

 社会は自分専用にはできていない。誰しもが多かれ少なかれ社会との摩擦を抱えている。主人公は社会の大多数の人たちと違う性質を持っているので、特にその摩擦が多い。その社会の中で普通の人は妥協しながら生きている。先日もADHDの方がものすごい努力で”普通のフリ”をして生きているという辛い投稿をSNSで読んだが、ウ・ヨンウはそのようなフリもできない。そんな素のままの自分で社会に向き合って奮闘している主人公はこのドラマの魅力の一つであるのは間違いない。また、そんな主人公が仕事をしていく中で社会の不条理や、マイノリティに対する社会の矛盾や差別なども浮き彫りになっている。

最後に

 このドラマの大きな魅力は”普通以下に見える主人公が天才的な活躍をする”という少し陳腐なスーパーマン的な構図だろう。けれど、それがいい!弁護士という社会的地位がある人達を主人公が蹴散らすのが爽快である。また女性には”普通以下に見える主人公がイケメンに好かれる”という少し陳腐な少女漫画的な展開も惹かれるポイントになるはず。まあ、よく見るとこのシンプルな髪型でも普通に可愛い女優さんである。
 そんなこんなで万人が楽しめる良質な社会派エンターテイメントですのでぜひ!害もなさそうなので小学生の娘にも紹介しましたが、面白く見ていました。

コンスタンティノープルの陥落

2009 新潮社 塩野 七生

「スルタン・マホメットは二十二歳、均整のとれた身体つきで、身の丈は、並より高い方に属する。武術に長じ、親しみよりは威圧感を与える。ほとんど笑わず、慎重でいながら、いかなる偏見にも捕われていない。一度決めたことは必ず実行し、それをする時は実に大胆に行う。

 アレクサンドロス大王と同じ栄光を望み、毎日、ローマ史を、チリアコ・ダンコーナともう一人のイタリア人に読ませて聴く。ヘロドトス、リヴィウス、クルティウス等の歴史書や、法王たちの伝記、皇帝の評伝、フランス王の話、ロンゴバルド王たちの話を好む。トルコ語、アラビア語、ギリシア語、スラブ語を話し、イタリアの地理にくわしい。アエネーアスが住んだ土地から、法王の住む都、皇帝の宮廷がある町、全ヨーロッパの国々などが色分けされ印しを付けられた地図を持っている。

 支配することに特別な欲望を感じており、地理と軍事技術に最も強い関心を示す。われわれ西洋人に対する誘導尋問が実に巧みだ。このような手強い相手をキリスト教徒は相手にしなければならないのである」

p.128のヴェネチア共和国特使マルチェッロに随行した副官ラングスキの報告

 ローマ帝国から続きビザンツ帝国に引き継がれた首都コンスタンティノープルの陥落。それは1000年のローマ帝国の終わりであり、ローマ文明の終焉をも意味していた。数多くの記録が残っている歴史的な瞬間を両方の陣営から描いた物語仕立ての歴史小説である。

 ローマ帝国の終わりにつながる戦闘を22歳の若いスルタンであるメフメト二世が主導していたというのは驚異である。後世に月日まで明確に伝えられているコンスタンティノープルの陥落を知りたいと手にとった一冊である。

本の構成

 物語は49歳のビザンツ帝国のコンスタンティヌス11世とトルコ(オスマン帝国)の22歳のスルタン・マホメット、それぞれの生い立ちから始まる。後世に記録を残した6人の人々を紹介し、彼らそれぞれから見たコンスタンティノープルの陥落を描く。そのうち一人はマホメットの美しい小姓トルサンでスルタン側の視点を担う。序盤はビザンツ帝国側が三重の城壁に守られてトルコ側が劣勢になるが、スルタンの奇策も功を奏し、ビザンツ帝国側が押されてくる。

 塩野先生の文章は読みやすく、分量も多くはないので、物語はすらすらと読みすすめることができた。一方で物語さを出しているためか地図などが少なく戦闘の全体像などを捉えにくい。ローマ人の物語のような戦場の地図などがあればもっと良かったが、他の資料などを見るしかない。

気になったポイント1ー 大砲という技術革新

 この戦闘ではスルタンが巨大な大砲の開発に成功することで、何度も敵を撃退したコンスタンティノープルの三重の城壁に挑もうとしている。さまざまな技術革新はローマでも重要だったが、新しい技術に投資できる国力があったからこそ、この戦闘を有利にできたと読めた。この他にもジェノバ人の船をコントロールする技術や、坑道を掘る技術とそれを探知する技術。

 火薬から始まって、コンピュータ、レーダー、GPS、インターネットなど。戦争を有利にするために生まれた技術はいろいろあるが、この時代も戦争によって技術は発達し、技術に投資ができる経済力がある組織が勢力を拡大していたことを確認できた。

気になったポイント2 ー それぞれの弱さ

 ジェノバ勢とヴェネチア勢の仲間割れや、なかなか応援に来ないヴェネチア軍など、商人たちはトルコとの通商が先立つのか単純に反トルコでまとまることができず折に触れて反発し合う。一方のトルコも陸上戦は混成部隊だが背後に構える常備軍のイエニチェリに切られるのが怖くて前進するしかない。そうして決死での前進が強さを生み出している。ただ常備軍を持たない海戦では急ごしらえの海軍ではジェノバなどの海の民たちには太刀打ちができず敗戦を経験する。

 包囲されるビザンツ帝国も消耗戦だが、包囲しているトルコも10万の兵の食料を調達したり、士気を保つのも簡単ではない。どちらかが優勢というわけではなく、ギリギリの戦いだったというのは印象的だった。

最後に

 包囲を50日続けていても、砲撃を絶え間なく続けていても、外壁を越えた人は一人もいなかった。そんなときにカリル・パシャは説得する。「攻略は断念し、包囲は解くべきである。亡きスルタンも経験したことだから、撤退は決して恥ではない。無謀こそ、大国をひきいる者の、してはならないことである。」と。しかしそれでもスルタン・マホメット諦めなかった。そしてコンスタンティノープルを陥落させ、キリスト教世界に衝撃を与えた。

 ところで、アレクサンドロス大王に憧れたスルタン・マホメットが憧れた人のように”大王”として扱われているかというと、今のところそうでもない。それは彼の功績というよりも後世への伝え方だったりするのかもしれないとも思うが、学者を連れて遠征をしていたアレクサンドロス大王ほど伝える努力をしていないからなのかもしれないし、世界がもっと複雑になっていたからかもしれないし、積極的なスルタンと消極的な官僚機構が拮抗していたからもれないし、現在のギリシア文明から派生している西欧文明に情報が支配されているからかもしれない。スルタン・マホメットは相当な実力者であると感じるが、彼の世界一の地位と財力を持って、明確な目標に向かって努力しても叶わないこともあるのかもしれないとも感じた。

 短くて読みやすいので、ローマ帝国の最後の日に触れたい人におすすめな一冊である。