イタリア海洋都市の精神(興亡の世界史 08)

2008 陣内 秀信 筑摩書房

ローマ人の物語も読み終わったので、イタリアも読んでも良いかなと思って、手にとった。

 本書はイタリアの海洋都市、ヴェネツィア、アマルフィ、ピサ、ジェノバを都市の建築の観点から読み解く。各都市を歩きまわって建物や広場をつぶさに観察していく手法はまさに観光しているような臨場感があって心地よい。それぞれの都市は国家として西ローマ帝国滅亡以降にゲルマン人などの進出を恐れて、山や湿地に囲まれ海に開けた場所に人々が逃げ込み、主に交易で発展し富を蓄積した。
 また「海から都市を見る」ということもテーマにしていて、海から都市にアプローチしていた当時の人と同じように海上から都市を見ていくことも強調している。たしかに航空機はもちろん陸上交通も今のように堅牢なものでなく、海は国と国を遮るものでなく繋いでいる道だったと考える方が自然だ。

 まずはアドリア海の花嫁・ヴェネツィアの探索から始まる。「水の都」と言われているのはしっていたがラグーナ(潟)の島に作られた街という基本的なことも知らず、地図を見ると本当に島であるのは驚いた。海と近い文化なので本書で触れられている「海との結婚」という土着の海洋信仰についても古代から海洋民族だったように思え、1000年続いたヴェネツィアの基礎を感じた。街の成り立ちやヴェネツィア共和国の発展の説明の中ではオスマン帝国などイスラーム文化圏との交流による文化の影響は強調される。建物にもその影響が確かに残っているのも見て取れる。一方で輸入していたイスラーム圏の工芸品をヴェネツィアで生産できるようになり工芸品の産業も発展した。
 その後ヴェネツィアの中を歩いていく。不思議な形をしたサンマルコ広場、メインストリートのカナル・グランデ、交易の中心になっていたリアルト市場、外国人の交易の拠点であったフォンダコ、ユダヤ人地区のゲットー、造船所のアルセナーレ。それぞれをつぶさに観察していく中で、商売を保護した独特な文化や外国人に寛容な姿勢が垣間見える。

 次は険しい崖がせまる渓谷に作られた都市アマルフィに移る。まずは著者と地元の歴史家ガルガーノ氏との出会いから始まるところが良い。その後5世紀くらいにゲルマン系の異民族から逃れるために街が作り始められ、交易により力をつけ七世紀ごろにナポリ公国から独立すし1000年頃に最大の繁栄を誇り、12世紀前半にノルマン人の攻撃により国家として終わりまでの歴史が語られる。その間に技術にも寄与があり、羅針盤・海法・製紙技術などの改良や普及に貢献した。その後に海中に沈んだかつての防波堤、街に残るフォンダコ、積層的に増築されたアルセナーレなどが語られる。公共エリアでは間口の狭いドゥオモ広場と大聖堂の歴史、船乗りの壊血病予防に使われたレモンの栽培の説明が続く。
 続く低地の商業エリアの説明では中庭を持つ個人邸宅ドムス、高台に立つサンピアジオ教会、アラブ式の風呂、メインストリートと順番にフォーカスされていくが、一階の店舗の上にある住宅へは脇にある階段から入るようになっている構造の説明は立体図もあり分かりやすく非常に興味深かった。脇に入る階段もデザイン的に建物に埋め込まれているようになっているというのも観光にただ行ってもよく分からなかったかもしれない。また積層されていった石造りの建物とその様式によって時代を知ることができるのは驚いた。そして斜面に発達した街を登っていき、テラスのある住宅や渓谷の向かい側の眺望などを紹介していく。最後に現代のまた脚光を浴びているアマルフィの紹介で終わる。

 次は川辺に栄えた海洋都市ピサ。ローマ以前に遡る都市の成り立ち、11世紀には大きく発展し、アラブ勢力・ノルマン勢力やアマルフィと競ったりして、最終的にはジェノバに海戦で敗れ、地中海の覇権を失うまでの歴史をおさらいする。その後、アルノ川沿いのルンガルノを歩き、ヴェネチアに似ている構造や川沿いで船が荷揚げできる構造についても語られる。また建築物に注目すると、徐々に高層化していて搭状住宅と呼ばれる4層5層と高層化した住宅の石とレンガで建てられた住宅や、メディチ家に支配されていた時代の新都市リヴォルノや造船所がある。運河沿いのルンガルノは機能が変わりパラツィオが並ぶようになる。最後に今も憩いの場として利用されているアルノ川と、守護聖人聖ラニエリの宵祭りに触れて終わる。

 最後の都市はコロンブスを排出した都市ジェノヴァである。港町ジェノヴァを研究するポレッジ教授・ジェノヴァの都市計画局長を努めていたガブリエッリ教授との出会いから始まり、カステッロ地区のジェノヴァ大学から見ていく。廃墟となっていた地区を再生するために大学の建築学部を移転するという発想は驚かされる。海に張り出して市庁舎として建設されたパラッツォ・サン・ジョルジュの中を見学する。ジェノバの歴史を簡単にさらう。十字軍での活躍でアンティオキアに居留地を得たジェノヴァは、地中海の交易を大きく伸ばし、協力関係にあったピサを打ち破り繁栄をしていったが、ヴェネチアとの抗争を繰り返しコンスタンチノープルが陥落して衰退していったが、カトリック世界のメイン銀行として金融業で生きながらえ、最終的にはサヴォイヤ王国に組み込まれる。
 港に歩いていくとポルティコと呼ばれるアーケードのある建物が800メートルも続き小さな店舗が集まる。建物の上部は住宅になっていて搭状住宅として建物が高く城壁の役割をしていたという合理性には舌を巻く。ポルティコには現在も魚・ラジオ・コーヒー・鍵・携帯電話など様々な店舗があるが、かつてはあらゆるものが手に入ったという。過去の桟橋が発掘されたり、港の入口を示す灯台も再建されり、歴史を重視する姿勢が見られる。世界文化遺産に登録された高台のパラツィオと歴史的な建造物を活用しつつ再生が進む古い港を見て、ジェノヴァを後にする。その後ヴィーナスを祀るジェノヴァの要塞都市ポルトヴェーネレにて、海沿いに要塞化のために建てられた搭状住宅を見る。

 最後は4都市の衛生都市を回る。1つ目はイタリアのプーリア地方のガッリーポリ。古代ギリシアの衛星都市であったが、17~18世紀にはオリーブオイルの生産で富を築いた。城壁に守られた迷宮的な都市には富を築いた資産家が建てた格調高いパラッツォが特徴的だ。2つ目はアマルフィ・ヴェネツィアとも深い関係があるモノーポリ。アマルフィ人が建てた教会やヴェネツィア人が作ったカフェなどがあり、マリア信仰が深く、聖母マリアが海から到着する祭りもある。ギリシアに移動して3つ目の都市はヴェネツィア時代はレパントと呼ばれていナルパクトゥスで、ヴェネツィア人が作った旧港がある。4つ目の都市ナフプリオンも古代からの歴史があるがヴェネツィアやトルコに侵略され高台には要塞がある。その後クレタ島の2都市ハニア・イラクリオンでヴェネツィア時代の足跡を追う。 

 研究者は文献を追ったりするタイプと実地の調査をするタイプの2種類がいて、自分は現地に赴くタイプの方が圧倒的に好きだが、著者は実地の調査をするタイプで各章とも臨場感があって非常に楽しかった。地元の人とのつながりやお宅に訪問したりと貴重な体験が綴られている。そこまでできなくても行って見てみたい。どの都市にもとにかく行きたくなる!各都市も自治を失ったりもしているが、人や文化が途切れたわけではなく、その中でも発展を続けた様子も描かれていて心強い。ヴェネチアやアマルフィも今も発展を続けているに違いないが、どの都市も歴史的な事物を取り入れながら発展していってほしい。
 仁和寺にある法師にならないように、イタリア旅行の前に読んでおいた方が良い一冊かもしれないです!

リバーライトのフライパン

リバーライト 鉄 炒め鍋 フライパン

 フライパンは今まではテフロンのものを使ってきた。しかしテフロンを食べているという話や、テフロンにはPFOAという体に残存する物質が使われているという話も聞いて、PFOA対応したテフロンフライパンを買い直そうと探していたが、どれが良いのかわからない。

 一方で鉄のフライパンでも良いのではないかとも思い出してきた。鉄のフライパンは以前に使ったことはあったが使いにくく、使い続けるモチベーションもなかったのでやめてしまった。今回は鉄のフライパンだと鉄分を摂取できるという話もあるので、頑張ってみようと買ってみた。

 結論としては買ってよかった!多少の扱いづらさはあるが、セラミックのフライパンやハゲかけたテフロンのフライパンよりは使いやすい。冷凍餃子には一時苦労したが始めに長めにやくことでクッツキ問題はクリアーできた。野菜は問題ないが、肉などはあまり温度を上げなければ特に問題なくやける。

 唯一まだクリアーできていないのはやきそばやチャーハンなどの穀類系。どうしてもくっついてしまう。もう少し温度を上げればいいのか油を増やせばよいのか分からないがまだうまくできない。けれど頻度は高くないのでそんなにストレスにはならない。

 今のところ手入れをしてフライパンを作っていっている感じもここちよい。ということで、総合して去年で一番良い買い物をしたと感じている。フライパンに迷っていて少しは時間がある人はぜひ鉄のフライパンに挑戦してもらいたい。長期的には体にもいいはず!

太古からの啓示

2022 Netflix

 古代遺跡に惹かれて見始めたが面白くて2,3日で見てしまった。

構成

 失われた文明の謎を追うグラハム・ハンコックがその証拠をもと求めて世界をかけめぐる。インドネシアのグヌンパダン遺跡、メキシコのチョルーラの丘、マルタ島の巨石神殿、ビキニ沖の海底の石造物、トルコの巨石のギョベクリテペ遺跡、アメリカのバティポイントの遺跡、トルコのデンリユグの地下都市、北米大陸の洪水の跡。古代の遺跡たちをまわり、闇に包まれたその遺跡が意味するものを解明しようとする。

気になったポイント – 大洪水

 神話を重視している姿勢に共感したが、各地に伝わる神話にある共通性に注目していたのは興味深かった。ノアの方舟で有名な洪水の伝承はいろいろな場所にあると聞いたことがあり、実際に洪水の跡も発掘されていると聞いていたが、それがヤンガードリアス期の海面上昇と結びつけているのが真実味があった。

最後に

 ムー大陸があったとは思わないし、古代に現代を超える文明があったのは簡単に信じられないが、とにかく古代には現代人が思っているよりも高度で長い歴史に支えられた文明があったと思う。神話や古代遺跡が好きな人にはおすすめです!

還魂2

Netflix 2022

パート2が出たということで主人公は変わっていても期待して見た。1ほどではなかったが1から出演している俳優たちが盛り上げてなかなか面白かった。

登場人物

 チャン・ウクはチャン家のお坊ちゃん。3年前にムドクに殺されたが、体に宿っていた氷の石の力で蘇った。氷の石の力で還魂人を退治するため、「怪物を捕まえる怪物」と恐れられている。チン・ブヨンはムドク(ブヨン、ナクス)の身体を湖から引き上げ、ブヨンの真気を使って治療した。容姿はナクスに変わっており、過去の記憶がなくなっている。

物語の始まり

 シーズン1から3年。氷の石の気を得たことで強大な力を得て周囲から腫れ物のように扱われいる。孤独の中で、その力を還魂人の討伐に捧げている。ある日、還魂人を追って鎮妖院に侵入するが、そこでチン・ブヨンに巡り合う。ウクは自分がしたいことのためにブヨンと結婚することを画策する。

テーマ

 運命の赤い糸のようなものだろうか。容姿が変わっても魂が同じであれば、お互いに気づいて惹かれ合っていく。

最後に

 シーズン2ということもあって、いろいろな制約があって、物語も若干強引なところもあったが、ハッピーエンドで終わってスッキリとした。シーズン1を見た人は2も見てスッキリするのがおすすめです!

今際の国のアリス 1/2

Netflix 2022

 流行っているので見てみた。スリリングで理不尽なゲームに巻き込まれていく様子を描いた謎解きや心理描写、アクションなどで魅せるシリーズ。最後にはすべての謎が溶解してスッキリと終わって良かった。

登場人物

 山崎賢人が演じるアリス。ゲームばかりしていて、勉強もスポーツもぱっとしない。同じくあぶれているカルベやチョータと遊んでいる落ちこぼれの少年。土屋太鳳が演じるうさぎは唯一敬愛していた同じクライマーである父・重憲が不祥事に巻き込まれ自殺した後は世の中を信じられずに孤独に過ごしている。

物語の始まり

 アリスはカルベやチョータと渋谷にいて羽目を外し警察に追われてトイレに逃げ込む。トイレから出てみる渋谷には人が一人もいなくなっており、電気も消えている。スマホも使えず夜を迎えるが、前触れ無くビルの巨大テレビに「GAMEを開始します」という文字とともにアナウンスが始まり、3人は雑居ビルに入っていく。そこでゲームで負けると死が待っているデスゲームとしるが、アリスの機転でゲームを何とかクリアーしていく。

テーマ

 死と隣り合わせの人間の浅ましさやその反対の友情、たくましさなどを描いている。様々な代償を負っても生にしがみついて行く。そんな姿が人間の本来の姿なのではないかと思った。

最後に

 絶望的な状況を描いているように見えて、一方に人間のたくましさや人々の交流などの希望も描いているように感じた。明日への力を得たい人にはおすすめです!

すずめの戸締まり

Story Inc. 2022 新海誠

山本文緒さんを愛読している新海監督の新作ということで、楽しみに映画館に行った。セーラー服の少女が出てくるというので少し微妙だなぁと思ったが、予想以上に深く感動した。

登場人物

 女子高生のすずめは叔母のたまきとふたり暮らししている。登校中にすずめと出会う草太は日本中を旅して扉を締めている。猫の姿をしているが神であるダイジンはすずめと草太を翻弄する。

物語の始まり

 すずめは扉を探す草太とすれ違い、そのまま学校に行きかけるが、引き返して廃墟の遊園地で草太を探す。草太は見つからないがそこには扉があり、開けると美しい風景が広がっていて入ろうとするが入れない。足元にあった石を抜くと、それは猫になって逃げていく。それから学校に行くが、窓から遠くの山に煙が出てるのが見えるが、友達にはそれが見えない。その場所はすずめが行った廃墟の場所のようだが、その煙は大きくなり大きな火柱になっていく。気になりまた廃墟に戻ると、火柱はすずめが開けた扉から出ていて、それを草太が懸命に閉めようとしている。

テーマ

 テーマはずばり震災である。君の名はもそうであるが、震災後の人々を扱っている。また地震を神としてあつかっていて、現代の風景と神々の業が交錯する不思議な世界を描き出しているのは素晴らしく感じた。

見どころ

 ずばり宮崎アニメへのオマージュである。曲、車、ドライブ、猫に始まって、神々の描き方も独特である。そもそも神々をテーマにすること自体が宮崎アニメっぽい。またあの曲が旅立ちの歌だというのはあのアニメから来ているのだろう…。

最後に

 映像もテーマもすばらしく山場では泣いてしまった。重いテーマですけど、美しいアニメの良作を見たい人にはおすすめです!

女の子だから、男の子だからをなくす本

2021 エトセトラブックス ユン・ウンジュ

 娘がいると女性の制約は気にあるので子供にも読んでもらいたくて買ってみた。男女にまつわる社会規範について可視化して変えていこうという韓国の書籍の翻訳。

本の構成

 子どもたちに向けて書かれている。「女の子たちへ」「男の子たちへ」で社会規範などについて、その後、「男女の職業」や「家の中の男女の役割分担」「性的指向」についても広く触れられている。子供にも分かりやすいように漫画のような特徴的な絵柄の挿絵が多く書かれている。

ポイント

 基本的なスタンスとして社会を変えていこう!という姿勢がある。変だと感じたことには「なんで」と聞くとか、「いいえ」「イヤです」と言うとか、「ケンカをおそれないで」、などのNOというメッセージを伝えていこうと呼びかけている。

 この姿勢は非常に難しいけど大切だと思う。やはり社会に対してNOと言わないと何も変わらないからだ。問題はオフィシャルにケンカしようとすると、訴訟・裁判ということになるがお金がかかる。そうすると強いものが勝ってしまう。結局、弱いものが戦うこと、そして勝つことには大きな障害がある。

最後に

 家庭内の男女の役割分担にも触れていた。まず、女性ばかりやっているようであれば、男性もやろうと呼びかけていた。私の意見としては、もし仕事を理由にやらない男性がいたら、「仕事ができる人は家事もうまくできる」と伝えたい。自分(男)の方が得意であるし時間的に可能なので、自分が家事や育児、学校関係も回している。それに加えて、最近思うのは家庭内の仕事も実は誰にでもできる簡単なものではないのでは?ということで、男女ともに家事が難しいと感じる人もいると思う。
 もう一つ気になるのは韓国では2015年から新しいフェミニズム運動が始まっていると書いてあったが、それと同期したように韓国の出生率が下がっていることである。サムスンでは子供の大学費用の100%が補助される制度があると聞いたが、それでも経済的なことやその他の様々な原因はあるとは思う。私は男女の平等・公平や社会的な抑圧の減少を切に願っているが、サピエンス全史で提示されているように個人が安寧に生きるのと、人類の発展に相反する関係があるかもしれない。とはいえ韓国の女性の地位向上が著しいとも感じない。最近も韓国にも行って人とも話したが、何か人々が抑圧されているようにも感じる。一方で台湾は抑圧が低く高齢の女性がミニスカートで闊歩していて社会規範の緩さは低いように感じる。とはいえ、ここも出生率は下がっている。占いで結婚の相手や時期なども決める社会だからかもしれないが。
 女の子が仮面ライダーを見て、男の子がプリキュアを見たら、男女の恋愛は成立するのか?と言っていた人がいたが、社会規範が男子->女子、女子->男子のプロトコルを作っている可能性もある。個人的にはこういうのは嫌いだが、このプロトコルを失うとコミュニケーションが高度になるのではないかとも感じる。

 娘も読んでくれたのでくれたので、特に女の子にはおすすめかも。いろいろ考えるキッカケにもあるし、子供と話し合うキッカケにもなると思う。名誉男性を目指している人や、20代を気持ち悪いオジサンに仕えつつ乗り切って、マッチョな男を捕まえて結婚して、家事育児を手伝わない旦那に文句を言いながら、楽しく暮らしたい人は読まなくて良いかもしれません。

線は僕を描く

2022 東宝 小泉徳宏

 予告編が良かったので久しぶりに映画館で映画を見た。

登場人物

 大学生の一年生の霜介(そうすけ)は身内を亡くし何か本気になれずにいる。篠田千瑛は水墨画の巨匠の篠田湖山(こざん)の孫娘で、メディアなどで美しすぎる水墨画家ともてはやされる。西濱湖峰(こほう)は先生の身の回りの世話などをしている。

物語の始まり

 霜介は絵を寺に搬入するバイトをするが、ふと引き込まれる作品に出会う。休んでいると先生の助手のような湖峰と話し、それが水墨画だと知る。弁当を食べていると人手が足りないのもあり、いつのまにか巨匠の篠田湖山のライブパフォーマンスも手伝うことになる。霜介は湖山が描いた水墨画にも心をうたれる。湖山は書き終わると突然、霜介に近づき「弟子にならない?」と水墨画に初めて出会った霜介に問いかける。

テーマ

 霜介は過去に捕らわれて、前に進めない。そんな折に水墨画に出会う。「かたちをみるな、本質をとらえよ」という湖山の言葉に導かれて、自分の内面とも向き合うキッカケを得て、自分の中のしがらみを水墨画に昇華していく。

最後に

 透明感のある画面とグイグイと引っ張る脚本で元気が出た。水墨画を描いているときの躍動感のあるサントラも引き込まれた。主役二人の演技も周りの方々の演技ももちろん素晴らしい。流星君はよく知らないけど泣かされたし。清原果耶さんの衣装も醸し出している凛とした雰囲気が美しかった。あの日本家屋とか。もう一度は観て、あの世界に浸りたい。映画館で観たい。青々しい青春映画は好きだ。

 瑞々しい青春映画だけれども、恋愛観は薄く自分と向き合っていく話。何か前に進めなくなっている人や過去に捕らわれている人、元気をもらいたい人にはお勧めの作品です!

オスマン帝国500年の平和(興亡の世界史 10)

2008 講談社 林 佳世子

私の世代だと”オスマン・トルコ”には馴染みがあるが、”オスマン帝国”という響きには馴染みがない。”トルコ”と付くと見えなくなるものがあると筆者は説く。この国はトルコではなく「何人の国でもない」帝国であり、「イスラム帝国ではない」でもないと。この自称「オスマン家の国」の興亡を描いた書籍である。

「イスタンブールの陥落」を読み終わり、この帝国がコンスタンティノープルを征服し、あのローマ帝国に続くビザンツ帝国の1000年の歴史に終止符を打ったのだ。その時のスルタンであったメフメト2世は五つの言語を操るわずか21歳の青年であった。オスマン帝国がどのように生まれてどのように発展していったのか?その強さに興味が沸々と湧いてきて、本書を手に取った。

本の構成

著者は現在トルコがあるアナトリアの状況から説明を始め、一地方豪族だったオスマン家からメフメト2世の親のムラト2世までどのよう周りの部族を統一していったかを解説する。その後、スルタンによる征服の時代がはじまり、最大の領土を迎えるスレイマン1世の時代まで続く。そこで法や世論についての話を挟み、オスマン官僚による支配の時代への変遷を明らかにしていく。その後、オスマン社会の農民や商人の生態、異教徒たちの生態、女性や詩人などに触れた後に、国際情勢と国内の変遷、さまざまな帝国内の問題と近代国家への対応と限界を描いていく。

帝国の歴史に加えて、その統合の方法と文化や他宗教・女性についても触れていて、オスマン帝国のありようやシステムの変遷がよく理解できた。文化財や資料の写真も随所に折り挟まれ、地図やシステムを説明した図などがありより楽しみながら読み進めることができた。先のメフメト2世に興味があったが、欧州に脅威を与えて知名度の高いスレイマン1世に多くのページが割かれていた。

気になったポイント1 ティマール制の変遷

興味深かったのは国家を統合する仕組みとして在郷騎士たちを取り込むためのティマール制だ。日本の戦国時代に似ている気がするが、領地とそこに紐づく税収を分配して、それと引き換えに領地の管理と軍役を課せられる。しかし時代が進み火器の導入に伴い、在郷騎士の重要度が低下してくる。それと共に徴税請負制が広がり、システマチックに徴税が行われるようになり中央にお金が集まる。戦力も在郷騎士から常備軍に100年かけて徐々に移行していった。また徴税権の売買が起こり、富が偏在していく過程で官僚組織やイエニチェリの弱体化が起こっていった。

筆者はこの徴税システムの移行を、戦費で膨らんだ財政赤字を解消するための「偉業」として、好意的に官僚の見えない手柄と見ている。一方で在郷騎士の力が落ちてくるのは地方の経済力の低下を招き、そこに住む農民などにも文化的経済的な影響があったのではないか?と感じてしまう。現在の日本が抱える富の偏在と、企業という中間組織の力の低下、地方の疲弊などを見ていると他人事ではない。官僚と結びついた大商人(グローバリスト)が国家のシステムを変えていったのではないかと考えてしまう。この自然に生まれてくる富の偏在をどう抑えていくかが国家経営の肝であるように感じる。その辺りは別に勉強を進めたい。

気になったポイント2 「何人の国でもない」オスマン帝国

「イスラム帝国ではない」オスマン帝国についてはイスラム法の中にスルタン法を位置付け、政府・税制・軍・非イスラム教徒の処遇などが明文化されていたと説明されている。もう一つの「何人の国でもない」オスマン帝国だが、章が設けられるわけではなく、大宰相にどのくらい多様性があったのかなど客観的なデータなどは示されていない。一方で人材の登用などは固定的でなく、能力のある人が出世できたというのは理解できた。それが「何人の国でもない」という多様性流動性を支えていたのではないかと感じた。以下は印象的な文章だった。

トルコでは、すべての人がうまれつきもつ転職や人生の幸福の実現を、自分の努力によっている。スルタンの素で最高のポストを得ているものは、しばしば、羊飼いや牧夫の子であったりする。彼らは、その生まれを恥じることなく、むしろ自慢の種にする。祖先や偶然の出自から受け継いだものが少なければ少ないほど、彼らの感じる誇りは大きくなるのである。

p.122 パプスブルグ家のオスマン大使ビュスペックの書簡の一部

最後に

筆者の一番言いたいことはタイトルにある「500年の平和」であるはずである。「『何人の国』でもなかったオスマン帝国のあとには、『民族の時代』が訪れた」とあるが、民族運動の中で統合されていた地域は国民国家として独立し、最後に残ったトルコも国民国家となっていく。この異民族支配から独立を果たした「近代化」の200年の過程でバルカンで流された血はいかほどか。民族単位の国ができあがっているか。バルカンはアナトリアは平和なのか。筆者は民族の時代の中で否定されてきたオスマン帝国時代をバイアスなく位置付けようと本書を締めている。

国民国家の理想に侵されている人にはぜひ読んでほしい。私はトルコ建国の父と呼ばれているケマルアタチュルクを素晴らしい人と見ていたが、どうもそんな簡単なものではないと変化した。最新のオスマン帝国の研究にもぜひ触れてみたいと思う一冊だった。

美男堂の事件手帳

2022 韓国KBS 2TV 高在賢、尹羅英

 Netflixで予告編での主人公の不思議なおどりのようなものが気になってみてみた。サスペンスでもありコメディでもある刑事ドラマ。

登場人物・世界観

 ナム・ハンジュンは元プロファイラーで現在は美男堂で男の巫女をしている。妹のナム・ヘジュンはハッカーとして美男堂を手伝っている。また友人のコン・スチョルも腕っぷしの強さで美男堂を支えている。時に警察とぶつかることもあり、鬼と恐れられている警察庁の女性刑事ハン・ジェヒと対立する。チェ検事はハン・ジェヒにほのかな思いを寄せつつ、ハン刑事を検察の側からサポートする。

物語の始まり

 ナム・ハンジュンは美男堂でVIP顧客を持っている。会社の経営者などだ。彼らの問題を解決してあげて、荒稼ぎをしているが、ある時に法に触れるような問題が発生する。警察沙汰になる問題を何とか法の目をかいくぐって解決してあげるが、警察としては犯罪者を擁護しているように見えて、事件を追うハン刑事のチームと対立する。そうして話が進むにつれて、なぜナム・ハンジュンが男の巫女をしているかが明らかになってくる。

テーマ

 あえて描かれているテーマを挙げるならば、犯人が仕掛けている罠にかかりつつも何度も立ち上がっていく粘り強さ、困難にも立ち向かう勇気などだとは思う。ただ犯人を追っているのが警察ではないので、”正義を貫くには不正も厭わない”というのが面白いストーリー展開を生んでいる。他にも「正義とは何か?」「人は自分の性質を乗り越えられるのか?」などの本質的な疑問がストーリーに織り込まれている。

最後に

 ”現代ドラマ”なので、随所に唐突に出てくる”広告”は正直、鼻につく。突然、唐揚げのチェーン店にいたりとか。あと気になるのはナム・ハンジュンを演じたソ・イングクの演技。男の巫女としての演技は素晴らしかったが、恋愛の演技は何か淡泊さがある気がする。うーん、気のせいか、、女性ファンはどう思うのだろう。。とはいえ、物語としては殺人が出てくるのでエグさもあるが、状況が二転三転して手に汗を握る展開は楽しめた。

 多少のご都合主義もありコメディ要素もあるが、全体としては深みのあるサイコ・サスペンス・スリラーだと思う。ドキドキしたい人にはおすすめです!