イタリア海洋都市の精神(興亡の世界史 08)

2008 陣内 秀信 筑摩書房

ローマ人の物語も読み終わったので、イタリアも読んでも良いかなと思って、手にとった。

 本書はイタリアの海洋都市、ヴェネツィア、アマルフィ、ピサ、ジェノバを都市の建築の観点から読み解く。各都市を歩きまわって建物や広場をつぶさに観察していく手法はまさに観光しているような臨場感があって心地よい。それぞれの都市は国家として西ローマ帝国滅亡以降にゲルマン人などの進出を恐れて、山や湿地に囲まれ海に開けた場所に人々が逃げ込み、主に交易で発展し富を蓄積した。
 また「海から都市を見る」ということもテーマにしていて、海から都市にアプローチしていた当時の人と同じように海上から都市を見ていくことも強調している。たしかに航空機はもちろん陸上交通も今のように堅牢なものでなく、海は国と国を遮るものでなく繋いでいる道だったと考える方が自然だ。

 まずはアドリア海の花嫁・ヴェネツィアの探索から始まる。「水の都」と言われているのはしっていたがラグーナ(潟)の島に作られた街という基本的なことも知らず、地図を見ると本当に島であるのは驚いた。海と近い文化なので本書で触れられている「海との結婚」という土着の海洋信仰についても古代から海洋民族だったように思え、1000年続いたヴェネツィアの基礎を感じた。街の成り立ちやヴェネツィア共和国の発展の説明の中ではオスマン帝国などイスラーム文化圏との交流による文化の影響は強調される。建物にもその影響が確かに残っているのも見て取れる。一方で輸入していたイスラーム圏の工芸品をヴェネツィアで生産できるようになり工芸品の産業も発展した。
 その後ヴェネツィアの中を歩いていく。不思議な形をしたサンマルコ広場、メインストリートのカナル・グランデ、交易の中心になっていたリアルト市場、外国人の交易の拠点であったフォンダコ、ユダヤ人地区のゲットー、造船所のアルセナーレ。それぞれをつぶさに観察していく中で、商売を保護した独特な文化や外国人に寛容な姿勢が垣間見える。

 次は険しい崖がせまる渓谷に作られた都市アマルフィに移る。まずは著者と地元の歴史家ガルガーノ氏との出会いから始まるところが良い。その後5世紀くらいにゲルマン系の異民族から逃れるために街が作り始められ、交易により力をつけ七世紀ごろにナポリ公国から独立すし1000年頃に最大の繁栄を誇り、12世紀前半にノルマン人の攻撃により国家として終わりまでの歴史が語られる。その間に技術にも寄与があり、羅針盤・海法・製紙技術などの改良や普及に貢献した。その後に海中に沈んだかつての防波堤、街に残るフォンダコ、積層的に増築されたアルセナーレなどが語られる。公共エリアでは間口の狭いドゥオモ広場と大聖堂の歴史、船乗りの壊血病予防に使われたレモンの栽培の説明が続く。
 続く低地の商業エリアの説明では中庭を持つ個人邸宅ドムス、高台に立つサンピアジオ教会、アラブ式の風呂、メインストリートと順番にフォーカスされていくが、一階の店舗の上にある住宅へは脇にある階段から入るようになっている構造の説明は立体図もあり分かりやすく非常に興味深かった。脇に入る階段もデザイン的に建物に埋め込まれているようになっているというのも観光にただ行ってもよく分からなかったかもしれない。また積層されていった石造りの建物とその様式によって時代を知ることができるのは驚いた。そして斜面に発達した街を登っていき、テラスのある住宅や渓谷の向かい側の眺望などを紹介していく。最後に現代のまた脚光を浴びているアマルフィの紹介で終わる。

 次は川辺に栄えた海洋都市ピサ。ローマ以前に遡る都市の成り立ち、11世紀には大きく発展し、アラブ勢力・ノルマン勢力やアマルフィと競ったりして、最終的にはジェノバに海戦で敗れ、地中海の覇権を失うまでの歴史をおさらいする。その後、アルノ川沿いのルンガルノを歩き、ヴェネチアに似ている構造や川沿いで船が荷揚げできる構造についても語られる。また建築物に注目すると、徐々に高層化していて搭状住宅と呼ばれる4層5層と高層化した住宅の石とレンガで建てられた住宅や、メディチ家に支配されていた時代の新都市リヴォルノや造船所がある。運河沿いのルンガルノは機能が変わりパラツィオが並ぶようになる。最後に今も憩いの場として利用されているアルノ川と、守護聖人聖ラニエリの宵祭りに触れて終わる。

 最後の都市はコロンブスを排出した都市ジェノヴァである。港町ジェノヴァを研究するポレッジ教授・ジェノヴァの都市計画局長を努めていたガブリエッリ教授との出会いから始まり、カステッロ地区のジェノヴァ大学から見ていく。廃墟となっていた地区を再生するために大学の建築学部を移転するという発想は驚かされる。海に張り出して市庁舎として建設されたパラッツォ・サン・ジョルジュの中を見学する。ジェノバの歴史を簡単にさらう。十字軍での活躍でアンティオキアに居留地を得たジェノヴァは、地中海の交易を大きく伸ばし、協力関係にあったピサを打ち破り繁栄をしていったが、ヴェネチアとの抗争を繰り返しコンスタンチノープルが陥落して衰退していったが、カトリック世界のメイン銀行として金融業で生きながらえ、最終的にはサヴォイヤ王国に組み込まれる。
 港に歩いていくとポルティコと呼ばれるアーケードのある建物が800メートルも続き小さな店舗が集まる。建物の上部は住宅になっていて搭状住宅として建物が高く城壁の役割をしていたという合理性には舌を巻く。ポルティコには現在も魚・ラジオ・コーヒー・鍵・携帯電話など様々な店舗があるが、かつてはあらゆるものが手に入ったという。過去の桟橋が発掘されたり、港の入口を示す灯台も再建されり、歴史を重視する姿勢が見られる。世界文化遺産に登録された高台のパラツィオと歴史的な建造物を活用しつつ再生が進む古い港を見て、ジェノヴァを後にする。その後ヴィーナスを祀るジェノヴァの要塞都市ポルトヴェーネレにて、海沿いに要塞化のために建てられた搭状住宅を見る。

 最後は4都市の衛生都市を回る。1つ目はイタリアのプーリア地方のガッリーポリ。古代ギリシアの衛星都市であったが、17~18世紀にはオリーブオイルの生産で富を築いた。城壁に守られた迷宮的な都市には富を築いた資産家が建てた格調高いパラッツォが特徴的だ。2つ目はアマルフィ・ヴェネツィアとも深い関係があるモノーポリ。アマルフィ人が建てた教会やヴェネツィア人が作ったカフェなどがあり、マリア信仰が深く、聖母マリアが海から到着する祭りもある。ギリシアに移動して3つ目の都市はヴェネツィア時代はレパントと呼ばれていナルパクトゥスで、ヴェネツィア人が作った旧港がある。4つ目の都市ナフプリオンも古代からの歴史があるがヴェネツィアやトルコに侵略され高台には要塞がある。その後クレタ島の2都市ハニア・イラクリオンでヴェネツィア時代の足跡を追う。 

 研究者は文献を追ったりするタイプと実地の調査をするタイプの2種類がいて、自分は現地に赴くタイプの方が圧倒的に好きだが、著者は実地の調査をするタイプで各章とも臨場感があって非常に楽しかった。地元の人とのつながりやお宅に訪問したりと貴重な体験が綴られている。そこまでできなくても行って見てみたい。どの都市にもとにかく行きたくなる!各都市も自治を失ったりもしているが、人や文化が途切れたわけではなく、その中でも発展を続けた様子も描かれていて心強い。ヴェネチアやアマルフィも今も発展を続けているに違いないが、どの都市も歴史的な事物を取り入れながら発展していってほしい。
 仁和寺にある法師にならないように、イタリア旅行の前に読んでおいた方が良い一冊かもしれないです!

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