犬と鬼―知られざる日本の肖像

2002 講談社 アレックス カー, Alex Kerr

 

学生時代、小笠原諸島に行ったときのことである。
私は誰もいない浜に行ってみたいと地図を広げて、そこを目指した。近づいていくにしたがって予想通りに人があまりいなくなり、うれしくなってくる。しかし、浜の目前までくると、数人の土木作業員が道で作業をしている。誰もいない浜に通じる土の道は、新しいアスファルトで塗り固められようとしていた。この後、移り住みたいけど仕事が無い人が土木作業に従事しているという話を島の人に聞く。
このとき公共事業の何たるかを少しずつ理解しはじめた。

この本はアレックス氏が日本の変化を憂いて、外国向けに書いた書籍の日本版である。氏は日本で生まれ育ち日本が好きであるからこそ、日本の変化を憂いている。本の中では、以前から言われている不必要な道路やハコモノや、それを主導している勢力、教育や娯楽文化に至るまで、あらゆる面から日本を切っている。「犬と鬼」というのは「韓非子」の絵師が「描くのが難しいもの」として挙げた「犬馬は難く、鬼魅は易し」に由来する。

都知事選に立候補した黒川氏も登場する。彼がどうやって資産を築いたか。なぜ彼が出馬して、何をやりたかったのかもハッキリとわかった。X-SEED4000やそれに類するプロジェクトなどは調べてみると驚く。外れた顎が戻らない。アワアワ。

その一方で、当然、重視されるはずのことにはお金が回っていないとアレックス氏は嘆く。電柱、電線も諸外国では消えてなくなっているものらしい。また日本はそれほど狭いわけでもなく、住環境が悪いのは別の原因とのこと。

思い返すと、イタリアで知人が住んでいる団地を訪れた際、すべての窓に垂れているカーテンが同じ緑色だった。他の建物のカーテンもすべて緑色だった。また、湿度が低いという事情もあるが、洗濯物が干してある窓も一つもない。景観を重視する厳しい条例があるのだろう。ドイツ在住のいとこが住環境が良いとの話を思い出す。

自然に関しても、諸外国では自然を破壊するという理由でテトラポッドを除去したり、コンクリートで塗り固められた川を自然に戻したり、ダムが撤去されたりもしているらしい。京都議定書に関連した予算で道路も作られているという話がどこかにあった。

彼の提言の一つとしては、土木産業から観光業へのシフトだ。土木産業は日本の雇用を下支えしているもので、なくなったらどうするの?と思ってしまうが、観光業が受け皿になるというのは良い案だと思った。

いずれにしても、一度動き出したら止まらない官僚制度を誰かが止めなくてはいけないのは間違いない。最近、憲法改正に端を発した「日本の形」みたいな議論をそこここで見かけるが、それは身近で具体的な問題から目をそらすための官僚の策略じゃないの?と思ってしまう。それこそ、憲法は鬼で、年金などは犬なのかもしれない。そんな日本も幸か不幸かアメリカの衰退により変化を迫られている。通貨の統一をはじめ、中国や東南アジアとの関係をより強化していく方向に向かうだろう。それと共に大きく舵を切るのか、切れるのか。

日本を愛する者の一人として、憂慮すべき事態であるが、そんなに悲観したものではないと思ってしまうところもある。アメリカだってボロボロだし、アジアもBRICsも日本より遥かに悪いしと思ったり。しかし、実際に夕張市は破綻している。同様に危ない自治体もあると聞く。どこかで止めないと、このままでは日本はゆっくり死んでいくのだろう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です