1982 新潮社 遠藤 周作
幸いなるかな 心貧しき人
天国は彼等のものなればなり
幸いなるかな 泣く人
彼等は慰められるべければなり
田舎町に50代にも見える老けた30歳すぎの大工がいた。彼は突如、扶養する家族をすてて、新興宗教に入る。最後は弟子に売られて、扇動者として見せしめの刑に処された。その数年のできごとがその後の世界を左右している。それは死を賭して布教をした弟子たちの影響が少なからずあるだろう。しかし彼等はイエスの存命中は尊敬される職業にもついておらず、むしろ駄目人間だった。
『ふしぎなこの転換と変わりようは一体、どこから来たのか。「無力なる男」イエスの彼らに与えた痕跡がそうさせたというのだろうか。私たちがもし聖書をイエス中心と言う普通の読み方をせず、弟子たちを主人公にして読むと、そのテーマはただ一つ-弱虫、卑怯者、駄目人間がどのようにして強い信仰の人たりえたかということになるのだ。』
本書は、遠藤周作氏の聖書観、イエス観である。
2000年後の世界に影響を与えているイエスという人がどのような人であったか?というのは常に興味をそそられる。「誰かがわたしの服に触れた」という下りはすごい迫力があった。無力でもいいのだ。こんな感受性をもった素晴らしい人が実在してくれたことを祈るばかりだ。