オスマン帝国: 皇帝たちの夜明け

2020 Karga Seven STXエンターテインメント エムレ・シャーヒン

 コンスタンティノープルの陥落を読んで、オスマン帝国に興味が興味が湧いてきたところにたまたまNetflixで”オスマン帝国”の文字があったので、見てみた。まさにメフメト2世によるコンスタンティノープルの陥落を描いている全6回のドキュドラマ(ドキュメント劇)になっている。先に読んだ塩野先生の書籍の復習にもちょうどよかったので興味深く鑑賞できた。

登場人物・世界観

 主人公はオスマン帝国の20代のメフメト2世。まさにコンスタンティノープルを落とそうというとこと。その周りにはキリスト教国からメフメト2世の父親ムラト2世のもとに嫁いだ継母のマラ。子供の時から知る大宰相ハリルパシャは首相という立場だが、ともに権力を持つものとして緊張関係がある。またビザンツ帝国側では傭兵隊長のジュスティニアーニがスルタンに対峙して奮闘する様子が描かれる。メフメト2世 vs ジュスティニアーニという構図である。

物語の始まり・構成

 メフメト2世が父親の死を知らせる連絡を受けるところから物語が始まる。スルタンの座を確かにしようと、急いで首都に駆けつける。ハリルパシャは我が王よと迎え入れる。このシリーズはドラマ仕立てだが、途中にオスマン帝国関係の書籍の著者などによる解説が入り、より理由や細かい背景を説明してもらえるようになっている。またドラマは幼少時代に一度父親が引退してスルタンを継いだ時代に戻ったりもする。そうしてコンスタンティノープルでの戦闘がはじめって行く。

気になったポイント ー 裏切り

 印象的だったのは、ジェノバ商人vsヴェネチア商人という構図だけでなく、相互の内通者がいて、それぞれの動機で戦闘を終わらせように努力しているだけでなく、自分の利益のために両方に取り入っている商人がいて自体を複雑にしていたということである。ドラマの中ではどちらかというとスルタン側に有利になっていたように感じた。

最後に

 戦闘の全体像や金角湾などの位置関係などがCGで表現されていて理解しやすかった。ただドキュメントではあるがドラマということもあり、メフメト2世が瀕死状態なったり、ジュスティニアーニと至近距離で対峙したりするような過剰演出もあったが、エンターテイメントなので仕方がないとする。映像によって歴史上の人物が生き生きと動くことで印象が深まったのは間違いない。

 トルコで制作されたもののためかオスマン帝国側から描かれているので、オスマン帝国に興味がある人にはうってつけで、実力のあるメフメト2世にも魅了されること間違いなしである。

レパントの海戦

1991 新潮文庫 塩野 七生

塩野七生の海鮮三部作の三部目はレパントの海戦である。歴史に疎い私は名前はきいたことはあったが、それがどんなものだか分かっていなかった。キリスト教がトルコ(オスマン帝国)に勝った海戦。

本の構成

 1571年のレパントの海戦に向かって、年を追って進んでいくが、1569年のヴェネチアから物語が始まる。キプロス島での駐在の任務が終わりヴェネチアに帰ってきたバルバリーゴはしばし腰を落ち着ける。また同じ時分、コンスタンティノープルに駐在するバルバロは大使として日々トルコとの連絡を続けていた。キプロス島にトルコを襲撃する聖ヨハネ騎士団の船が寄港すると難癖をつけて、キプロス島奪還に向けて動き出そうとしており、バルバロは本国ヴェネチア共和国に黄色信号を送る。またローマにいるソランツォはローマ法王ピオ五世をキリスト教諸国の連合艦隊を編成を呼びかけるための懐柔工作をして、ついに1570年に急ごしらえの連合軍ができる。しかし嵐やジェノバ海賊のドーリアなどの積極的でない姿勢から、キプロス島でのトルコ進行が始まっているのにも関わらず、その年はついに何もせずに解散する。
 そして1571年である。ヴェネチア海軍の総司令官にバルバリーゴが任命され、ローマでも法王の要請で今年も連合軍の編成された。編成軍の総司令官としてはスペインはドーリアを推したが、ヴェネチアは反対し、最終的にはスペインのフェリペ二世の腹違いの弟、ドン・ホワンという謎の人物で妥協した。しかしなかなか来ない。彼はジェノバで足止めされた後、ナポリで足止めされ、シチリアのメッシーナに来たのが8月。さっそうと入港した金髪の26歳のドン・ホワンは歓迎される。スペイン側はアフリカの海賊退治に向かわせたいという意向があったが、偵察戦の情報でトルコ船が向かうレパントに向かうことが遂に決定され、9月16日に出港することも決まる。途中で嵐に見舞われ、コルフ島に一度入港する。
 コルフ島での作戦会議にまたスペインの足止め工作などがあるが何とか10月には出港する。しかし南下中に一隻のガレー船からの情報で、8月24日にすでにキプロス島の主要都市ファマゴスタが陥落していたことを知る。トルコに開城すれば命を助けると言われ開城したファマゴスタの住人たちは全員皆殺しされて、ヴェネチアの武将たちは残忍な方法で殺されていた。艦隊のすべての人達がトルコの蛮行に怒りに震え復讐を誓う。これまでバラバラで遅かった連合艦隊が一つにまとまって、出港の準備を整えた。
 そして1571年10月7日。海軍史上、ガレー船同士の海戦としては、最大の規模の最後の戦闘である「レパントの海戦」の火蓋が切られる。

ポイント

 レパントの海戦の華々しい勝利よりも、その後のスペインの意向でグタグタになった連合艦隊と、それを見限ってトルコと単独講和を結んだヴェネチアの対応が印象的であった。

 小国の生きる道としてはそれが正解なのだろうと思うのと、日本もそのようなバランスをとった外交が正しいのだと思う。最近は地政学の中で外交の話題に触れていると聞いたので、読んでみたい。

最後に

 レパントの海戦の十四年後に日本から天正少年使節がヴィネチアを訪れた。トルコとの講和を結んだ平和の中でヴェネチアの富に目を見張ったという。トルコとの戦闘には勝てなかったが、経済的には勝利していたのだろう。結局、戦闘に勝つかどうかがポイントではないのだと思う。経済的に勝つか負けるかが戦いの分け目なのだろう。経済侵略される日本を悲しく思う。

 政治的攻防も多いいものの、手に汗握る戦闘シーンもある本書。レパントの海戦という歴史的な海戦を感じたい人にはおすすめな小説です。

ロードス島攻防記

1991 新潮社 塩野 七生

 22歳のメフメト2世が1453年のコンスタンティノープルを陥落させてがその後、1480年にメシヒ・パシャにロードス島を攻めさせるが、聖ヨハネ騎士団は守り切った。その70年後、1522年夏である。今度はメフメト2世のひ孫である28歳のスレイマン1世が直々にロードス島を訪れ、戦線を指揮する。様々な小説などになっているロードス島での攻防を小説仕立てにした歴史書籍である。

物語の始まり

 物語は20歳になったばかりで騎士団に入団しているジェノバ出身のアントニオから始まる。彼は古代にはバラの花咲く島として名付けられた楽園のようなロードス島に降り立つ。そこでローマの大貴族である25歳のオルシーニに出会い、交流を深める。それから騎士団の構成や歴史などが語られる。騎士団は徐々にトルコとの戦いに備えていくが、トルコ軍もロードス島に近づいてくる。戦いが始まると、オルシーニはギリシアの下層民に身をやつし敵陣に潜入などをする活躍をする。

 塩野七生の海戦三部作とされている一作目のコンスタンティノープルの陥落では、物語が複数の登場人物の視点から語られるので、ややゴチャゴチャしている感があったのが、本作ではアントニオ一人が全面に出ているのでスッキリと分かりやすかった。

気になったポイント – 技術者魂

 ヴェネチア共和国陸軍の技術将校だったマルティネンゴは1516年になって、クレタ島の城塞総監督としてクレタや周辺地域の城塞の強化と整備に力を注いでいた。そのマルティネンゴをロードス島の聖ヨハネ騎士団の騎士が訪ねて、ロードス島の城塞監督になってもらいたいという騎士団長の意向を伝えた。トルコの攻撃が迫りくる中、東地中海一に堅牢な城塞を強化するという仕事に魅力を見出したマルティネンゴは、国の任務を離れ脱出してロードス島に赴く。
 戦いが始まると、防御側はトルコの大砲を無力化する城壁で応戦するが、攻撃側もそれを打ち破る作を繰り出してくる。また攻撃側は坑道を正確に掘り進める技術を発達させ、地下から攻撃を進めていく。防衛側は城壁の下で爆発する地雷に悩まされるが、マルティネンゴはそれを検知する技術も導入する。しかし戦いが激化する中で、彼は右目を負傷する。それでも病室から城塞監督として戦いに参加し続ける。

 当たり前だが技術というのは目的を達するために使う道具であり、技術以前にマルティネンゴがその目的のために身を粉にして戦う姿は心を打たれた。城塞については、塩野氏の城壁や稜堡(りょうほう)の細かい説明が続いて、コンスタンティノープルと比べてどのような理由で何が違うかというのが解説されていてわかりやすかった。一方で地図が少なくて、どの場所をどの国の騎士団が防衛しているという記述は少し分かりにくかったが、読み終わったあとに巻末に地図があることに気付いた。

気になったポイント – トルコの経済力

 和平の途中でトルコ陣営に赴いたオルシーニは4ヶ月感でトルコ側の4万4千人の戦死者があり、ほぼ同数の病死者と事故死者がいることを知る。砲弾に至っては8万5先発も使っていうことが分かる。

 昔は人というものが今のようにたくさんいなかったと読んだが、現代にしたって万人単位の死者には異常を感じる。普通の戦いであれば大敗だと思う。途方も無い数の人々を動員して死んでも国が崩壊しないというのはトルコの経済力と中央集権的な力であったのか。最終的にはたくさんの人やモノを動員した物量作戦によってトルコは勝てたのを確認できた。トルコというのは近代の消耗戦を戦っていたのかもしれない。

最後に

 最後に聖ヨハネ騎士団のその後について書かれている。現在は独立国であり、現在の77代目の団長の下で、医療活動を続けている。その活動は世界中の赤字に変形十字のしるしを付けた病院や研究所に見ることができ、現代の”騎士たち”が今も活躍しているということである。赤十字の創設などもきっとこのような活動に影響を受けているだろうし、この騎士団が過去のものではなく、今にも繋がっている歴史であるというのには心を打たれた。

 ロードス島の戦いについて知りたい人はもちろん、今も世界で活躍している騎士団の歴史を知りたいという方にもおすすめである。

ドント・ルック・アップ (原題:Don’t Look Up)

2021 Netflix アダム・マッケイ 

 Netflixで少し気になってはいたが見ていなかった。そうしているうちに毎週買っているビッグイシューの中でジェニファー・ローレンスがこの映画に関連したインタビューを受けていた。内容は映画よりキャリアについて多く語られている印象だったが、映画にも興味が湧いてきた。
 地球に隕石が落ちるというパニック映画では典型的な設定ではあるが、少し違う視点で描いているブラックコメディである。

登場人物・世界観

 ケイト・ディビアスキーはミシガン州立大学の天文学博士課程に在籍している。担当教授はランドール・ミンディ博士。NASA側では惑星防衛調整室長テディ・オグルソープ博士がサポートしてくれる。政府側の人間としてジェニー・オルレアン大統領とその息子の補佐官。世論を作るメディア側としては朝の番組の司会のジャック・ブレマーとブリー・エヴァンティーが登場する。

物語の始まり

 ある日、ケイトは偶然に木星の付近の彗星を見つける。報告を受けたランドール博士が軌道計算してみると、6ヶ月後に地球に衝突する計算になる。NASAに相談するとそこでも同じ計算結果になり、彗星の半径を聞いたテディ博士は言葉を失う。地球に甚大な被害をもたらすからだ。
 すぐに大統領に相談するもまったく興味を示さない。メディアにリークして朝の番組に出るも芸能人の恋愛ゴシップと同列の扱いを受ける。この危機的状況をどうやって世間に伝えるか頭を抱える。

テーマ

 大統領は支持率。メディアは視聴率。経営者は利益。すべて地球あってのことであるが、地球や国民の危機にはまったく興味がない。ケイト自身の母親さえ「お父さんも私も、彗星で雇用を創出するという計画に賛成なの」と娘の言うことを聞かない。

 「見上げてはいけない」というタイトルは「真実を見てはいけない」という意味であろう。支持率、視聴率、利益を拡大するのに悲しいかな真実は必要ない。誰もが情報を発信できる時代だが、情報過多で溺れそうな人たちは権威が発する情報に縋るのかもしれない。人は見たいものしか見ない。私自身も例のワクチンかどうか分からないものにリスクがあることを、薬を開発していた英語論文を読める父に説明しても届かず、悲しい思いもした。

最後に

 この物語は他人事ではない。ワクチンの薬害騒動は正にこれだが、それ以外でも沢山ある。政治家は選挙に通ること、メディアはスポンサー企業の言いなり、経営者は利益・利回り。この政治家が献金を沢山してくれる企業のいいなりだとすると、結局は企業経営者や投資家の言いなりで日本は動いている。世界的にそうなのかもしれない。誰も国民の危機など気にしていないのだ。地球がなくなってもお構いなしの人と同じように、日本の人口が恐ろしいスピードで減っていって、日本がなくなってもお構いなしなのである。すべて日本あったのことであっても。

 ブラック・コメディで後味は良くないが、この愚かな世界を少し客観的に見ることができる映画である。政府のやっていることは的を得ていないと感じている人にはおすすめかも。

還魂

2022 tvN パク・ジュンファ

 中二病気味の娘はアクションなどが入っているファンタジーは楽しめるのではと薦めたNetflix作品だが、見てみると複雑な人間関係の中に様々な伏線がはられた見ごたえのあるもので、自分もハマってしまった。大人も子どもも楽しめるファンタジーロマンスドラマである。

登場人物・世界観

 テホ王国という場所で、水の気を使う術士がいる世界。4つの名家、パク家、チャン家、ソ家、チン家がある。パク家はテホ国の最大組織「ソンニム(松林)」を統括しており、術士教育機関である精進閣には術士が所属している。術の中には禁術の還魂術があり人の魂を入れ替える術である。この術を使って身体を入れ替えたり、死にそうな人に健康な人の身体をあてがったりできる。
 また、それぞれの名家には若者がいて、比較的仲良く交流している。ソンニムの統帥の子どもはパク・ダング。チャン家にはおぼっちゃまのチャン・ウク。ソ家にはソンニムに留学してきているソ・ユル。チン家にはお嬢様のチン・チョヨン。この中でチャン・ウクだけが術を使えない。
 主人公はナクスという女性で、強い術を使うことができる一匹狼の殺し屋。ソンニムの術師と戦っている。

物語の始まり

 ナクスは組織の求めに応じて、高度な術を駆使して殺し屋として働いてきたが、ソンニムとの戦いでついに負傷する。追い詰められたナクスは身体を入れ替える還魂術を使って負傷した身体を捨てて、ムドクという身体に乗り移る。ムドクの身体は弱々しくでナクスであったときの自分の力を出すことはできない。そんな折、ムドクはチャン家のお坊ちゃまのチャン・ウクの下女として身の回りの世話を焼くことになる。
 チャン・ウクは術を使えるようになるために様々な師匠に弟子入りしているが、未だ術を使えない。そんな折にチャン・ウクは下女のムドクは実はナクスであることを見抜き、弟子入りすることになる。

気になったポイント

 術を使えるという不思議なファンタジー世界だが、ハリボテ感はなく奥行きのある世界として感じて没入できる。理由の一つは術やその他で使われるシーンのCGが美しく幻想であることかもしれない。また回想シーンなどで過去からつながる現在の時間の流れを描いているのとともに、主人公が暮らす地域以外の場所も描かれていて空間的な広がりも描いていて幻想的な世界を抜け目なく形作っている。

 また脚本がコメディ小話のようなものを挟んで、視聴者の気持ちを緩ませてくれている。またムドクを演じているチョン・ソミンさんの愛嬌のある演技も全体的な雰囲気を柔らかくする。走っている姿だけでも運動神経がよくなさそうで可愛げがある。シーズン2は彼女がいなくなるようだが、私も心配している視聴者の一人である。

最後に

 過去から続くそれぞれの思惑に翻弄され、主人公たちはたびたび苦境に立つ。しかしその苦境の中でチャン・ウクと師匠のムドクが手を取り合って成長し、問題を打破していく物語になっている。またなかなかうまく行かないラブロマンスでもあり、血みどろの戦いシーンもあるが全体としてはコメディタッチで描かれていて、力を抜いて鑑賞できる。還魂術によって人が入れ替わることで、物語を複雑で謎の多いものにしていて、多くの伏線を生む魅力的なストーリーの源泉となっている。シーズン1の20話が終わっても伏線をすべて回収しきれていない。

 基本的にはラブコメディでもあるので広く楽しく見られるドラマです。シーズン2も製作中ということなので、早めにシーズン1を見て準備しておくことをおすすめします!

大日本・満洲帝国の遺産 (興亡の世界史 18)

2010 講談社 姜 尚中,玄 武岩

 少しづつ読み進めている興亡の世界史の中に近代日本を扱ったものがあったので手にとった。満州帝国とその中でつながってくる岸信介氏と朴正煕氏に焦点を当てて解説している。

 折しも孫の安倍晋三氏が銃殺されたのもあり、その祖父を知ることは意味がある。私は消費税を上げた安倍政権にはかなり否定的である。本書の著者たちも韓国系の方々であり大日本帝国を否定的に描いていし、それを率いていた岸信介を否定的に描こうとしているが、私は岸信介に否定的な印象は受けなかったのが正直なところである。

本の構成

 岸信介と朴正煕の生い立ちから始まる。清朝滅亡後に張作霖が日本の支援を受けながら満州は実行支配していたが、張作霖が殺されてしまい。息子の張学良に引き継がれるが彼は国民政府に、(TODO)、をしてしまう。満州を支配したい日本政府は1931年に満洲事変を起こして満州国を建国する。満州国建国の前から日本人を移住させようと夏目漱石に紀行を書かせたりして宣伝するがうまく行かず、植民地の韓国から満州国を成功する土地として移住者を募る。そして朴正煕も軍にはいるため満州国へ移住する。
 建国された満州国は立憲共和制の国だったものの日本の傀儡国であり、日本の官僚たちが送り込まれる。その中の産業部次長に岸信介が名を連ねる。そこで彼は宮崎正義からの着想を経て国家社会主義の実験を主導していく。そして戦後、岸は満州で行った国家社会主義を日本で実行していき、高い経済成長を実現する。
 一方で朴正煕は大統領になり独裁方向に傾いていくが、満州国を真似た国家社会主義や重工業への移行を成し遂げていく。

 どうも話の流れが追いにくいようにも感じた。誰しもが知っているだろうと著者が思うことについてはスッポリと抜けていて、突然に戦後に飛んでいたりする。岸信介が書いた文章などの紹介も多いのでそこは興味深いが初学者へも少し配慮があって良い気がした。

気になったポイント1 国家主導

 満州国での岸信介は国家社会主義の実験を行った。特殊会社法による満州に一業一社の特殊会社を作るとともに、資本を確保するために満州重工業開発株式会社を作るために裏で辣腕を奮ったのが岸信介だった。そして戦後に生き残った彼は、日本で保守合同を経て政権を取り「新長期経済政策」(1957年)を掲げる。それは池田内閣の「所得倍増計画」につながっている。岸は自由化の外圧に巧みに対応しながら、統制を温存してGDP12%の伸びを実現した。

 岸信介はCIAの工作員だったと記録も残っているが、国家社会主義によって日本の高度経済成長の基礎を作り出したというのは知らなかった。これはアメリカには特にプラスになっていないようにも感じるが、どういうことを命令されていたのかは気になるところである。この国家社会主義は今は日本では自由主義によって破壊されているが、特に中国では適用されて発展を支えている。この当時の国家社会主義については宮崎正義の研究があるようなので、勉強していきたい。

気になったポイント2 韓国と満州国の関係

 日本は韓国の経営はうまくできていなかったのか、新天地を求めて韓国全土から満州への移住者が増加していっている。満州での韓国人への圧迫も問題になっている。それもあってか満州国では日本・朝鮮・漢・満州・蒙古の五族融和が掲げられているが、建国で安定してさらに移住者が増加している。

 なぜ韓国の経営がうまく行っていなかったは気になる点である。台湾では日本人が祀られていたりするほど、(全てとは言わないが)一部では慕われていることもある。韓国人の反日はもちろん民族独立の道具として使われているのもあるとは思うが、こういう経営の失敗もあるようにも感じた。このあたりの事情はもう少し知りたいところである。

最後に

 全体的な感想としては、申し訳ないがとにかく読みにくい。何か文章に凄みをだそうとしているのか、鬼胎などのパワーワードが頻出したり、鉤括弧が多用されていたり、「人口に膾炙する」とか2連続で出てきたりしていた。構成ももう少し工夫してほしかったが、何とかそこに耐えられれば岸信介の業績を知ることができるのは良いと思った。朴正煕についてはあまり知識も興味もなかったので、さらっと流してしまったが、知りたい人にとっては有意義な書籍だと思う。

 岸信介が日本再建連盟で出していた5大政策は、真の独立、反共産主義、米アジアとの経済・通商強化、地方復興と中小企業の育成、憲法の改正。憲法の改正についてはどう改正するのかが重要だが、他は特に異論がなく、現在の日本で実行してほしい政策である。このようなことができる政党が出てきてくれることを祈りたい。もちろん祈っているだけでなくて、政治に積極的に関わることは大切だし、投票を超えてボランティアなどもがんばりたい!

ウ・ヨンウ弁護士は天才肌

2022 ENAチャンネル ユ・インシク

 Netflixのおすすめに表示されて自閉症に関連していたので、気になった。自閉症といえば過去にも本を読んだこともあるが、「ザ・コンサルタント (原題: The Accountant)」も好きな大好きな映画だ。見てみると楽しくて心に響くドラマだった。

登場人物・世界観

 ウ・ヨンウは新米の弁護士である。小さい頃から挙動が普通ではなく医者に自閉スペクトラム症と診断されるが、一方で驚異的な記憶力に恵まれ、その特技を生かして見事に弁護士になった。その後なんとか一つの法律事務所に所属して、弁護士として歩み始める。優しい父親、理解して評価してくれる優しい上司ミョンソク、いつも味方をしてくれる同僚でロースクール時代の同級生スヨンもいるが、一方でライバル視をしてくるクォンなどもいる。また訟務チームのジュノはモテモテの爽やかイケメンだが、いつしかウ・ヨンウが気になっていく、という少女漫画的なストーリーにもなっている。

物語の始まり

 幼少時代は外的なショックでパニックになってしまったり、トランポリンを飛び続けるような不思議な子だったが、ふとしたことから部屋にあった刑法の全文を暗記していることが分かる。弁護士になり初出社の日を迎えるが、満員電車のストレスを大好きなクジラを思い浮かべることでやり過ごそうとする。なんとか会社にたどり着いて上司に面会するものの、”自閉スペクトラム症”と説明された上に言葉遊びのような早口の自己紹介をされると上司は持て余してしまう。しかし、その上司も仕事を進めていく中で、ウ・ヨンウの実力に気づいていく。

テーマ ー 誰もがもっている社会との摩擦

 ウ・ヨンウは回転ドアをうまく通れない。ドアを開けて部屋に入るときに間をおいて入る。物理的な世界においても何かウ・ヨンウがうまく行動できないような仕組みになっている。気持ちの世界でも人の気持がわからなかったり、言動が直接的でオブラートには包まれていないことが、他の人を気まずくさせたりもする。

 社会は自分専用にはできていない。誰しもが多かれ少なかれ社会との摩擦を抱えている。主人公は社会の大多数の人たちと違う性質を持っているので、特にその摩擦が多い。その社会の中で普通の人は妥協しながら生きている。先日もADHDの方がものすごい努力で”普通のフリ”をして生きているという辛い投稿をSNSで読んだが、ウ・ヨンウはそのようなフリもできない。そんな素のままの自分で社会に向き合って奮闘している主人公はこのドラマの魅力の一つであるのは間違いない。また、そんな主人公が仕事をしていく中で社会の不条理や、マイノリティに対する社会の矛盾や差別なども浮き彫りになっている。

最後に

 このドラマの大きな魅力は”普通以下に見える主人公が天才的な活躍をする”という少し陳腐なスーパーマン的な構図だろう。けれど、それがいい!弁護士という社会的地位がある人達を主人公が蹴散らすのが爽快である。また女性には”普通以下に見える主人公がイケメンに好かれる”という少し陳腐な少女漫画的な展開も惹かれるポイントになるはず。まあ、よく見るとこのシンプルな髪型でも普通に可愛い女優さんである。
 そんなこんなで万人が楽しめる良質な社会派エンターテイメントですのでぜひ!害もなさそうなので小学生の娘にも紹介しましたが、面白く見ていました。

コンスタンティノープルの陥落

2009 新潮社 塩野 七生

「スルタン・マホメットは二十二歳、均整のとれた身体つきで、身の丈は、並より高い方に属する。武術に長じ、親しみよりは威圧感を与える。ほとんど笑わず、慎重でいながら、いかなる偏見にも捕われていない。一度決めたことは必ず実行し、それをする時は実に大胆に行う。

 アレクサンドロス大王と同じ栄光を望み、毎日、ローマ史を、チリアコ・ダンコーナともう一人のイタリア人に読ませて聴く。ヘロドトス、リヴィウス、クルティウス等の歴史書や、法王たちの伝記、皇帝の評伝、フランス王の話、ロンゴバルド王たちの話を好む。トルコ語、アラビア語、ギリシア語、スラブ語を話し、イタリアの地理にくわしい。アエネーアスが住んだ土地から、法王の住む都、皇帝の宮廷がある町、全ヨーロッパの国々などが色分けされ印しを付けられた地図を持っている。

 支配することに特別な欲望を感じており、地理と軍事技術に最も強い関心を示す。われわれ西洋人に対する誘導尋問が実に巧みだ。このような手強い相手をキリスト教徒は相手にしなければならないのである」

p.128のヴェネチア共和国特使マルチェッロに随行した副官ラングスキの報告

 ローマ帝国から続きビザンツ帝国に引き継がれた首都コンスタンティノープルの陥落。それは1000年のローマ帝国の終わりであり、ローマ文明の終焉をも意味していた。数多くの記録が残っている歴史的な瞬間を両方の陣営から描いた物語仕立ての歴史小説である。

 ローマ帝国の終わりにつながる戦闘を22歳の若いスルタンであるメフメト二世が主導していたというのは驚異である。後世に月日まで明確に伝えられているコンスタンティノープルの陥落を知りたいと手にとった一冊である。

本の構成

 物語は49歳のビザンツ帝国のコンスタンティヌス11世とトルコ(オスマン帝国)の22歳のスルタン・マホメット、それぞれの生い立ちから始まる。後世に記録を残した6人の人々を紹介し、彼らそれぞれから見たコンスタンティノープルの陥落を描く。そのうち一人はマホメットの美しい小姓トルサンでスルタン側の視点を担う。序盤はビザンツ帝国側が三重の城壁に守られてトルコ側が劣勢になるが、スルタンの奇策も功を奏し、ビザンツ帝国側が押されてくる。

 塩野先生の文章は読みやすく、分量も多くはないので、物語はすらすらと読みすすめることができた。一方で物語さを出しているためか地図などが少なく戦闘の全体像などを捉えにくい。ローマ人の物語のような戦場の地図などがあればもっと良かったが、他の資料などを見るしかない。

気になったポイント1ー 大砲という技術革新

 この戦闘ではスルタンが巨大な大砲の開発に成功することで、何度も敵を撃退したコンスタンティノープルの三重の城壁に挑もうとしている。さまざまな技術革新はローマでも重要だったが、新しい技術に投資できる国力があったからこそ、この戦闘を有利にできたと読めた。この他にもジェノバ人の船をコントロールする技術や、坑道を掘る技術とそれを探知する技術。

 火薬から始まって、コンピュータ、レーダー、GPS、インターネットなど。戦争を有利にするために生まれた技術はいろいろあるが、この時代も戦争によって技術は発達し、技術に投資ができる経済力がある組織が勢力を拡大していたことを確認できた。

気になったポイント2 ー それぞれの弱さ

 ジェノバ勢とヴェネチア勢の仲間割れや、なかなか応援に来ないヴェネチア軍など、商人たちはトルコとの通商が先立つのか単純に反トルコでまとまることができず折に触れて反発し合う。一方のトルコも陸上戦は混成部隊だが背後に構える常備軍のイエニチェリに切られるのが怖くて前進するしかない。そうして決死での前進が強さを生み出している。ただ常備軍を持たない海戦では急ごしらえの海軍ではジェノバなどの海の民たちには太刀打ちができず敗戦を経験する。

 包囲されるビザンツ帝国も消耗戦だが、包囲しているトルコも10万の兵の食料を調達したり、士気を保つのも簡単ではない。どちらかが優勢というわけではなく、ギリギリの戦いだったというのは印象的だった。

最後に

 包囲を50日続けていても、砲撃を絶え間なく続けていても、外壁を越えた人は一人もいなかった。そんなときにカリル・パシャは説得する。「攻略は断念し、包囲は解くべきである。亡きスルタンも経験したことだから、撤退は決して恥ではない。無謀こそ、大国をひきいる者の、してはならないことである。」と。しかしそれでもスルタン・マホメット諦めなかった。そしてコンスタンティノープルを陥落させ、キリスト教世界に衝撃を与えた。

 ところで、アレクサンドロス大王に憧れたスルタン・マホメットが憧れた人のように”大王”として扱われているかというと、今のところそうでもない。それは彼の功績というよりも後世への伝え方だったりするのかもしれないとも思うが、学者を連れて遠征をしていたアレクサンドロス大王ほど伝える努力をしていないからなのかもしれないし、世界がもっと複雑になっていたからかもしれないし、積極的なスルタンと消極的な官僚機構が拮抗していたからもれないし、現在のギリシア文明から派生している西欧文明に情報が支配されているからかもしれない。スルタン・マホメットは相当な実力者であると感じるが、彼の世界一の地位と財力を持って、明確な目標に向かって努力しても叶わないこともあるのかもしれないとも感じた。

 短くて読みやすいので、ローマ帝国の最後の日に触れたい人におすすめな一冊である。

大英帝国という経験 (興亡の世界史 16)

2007 講談社 井野瀬 久美惠

ブレグジットで話題になった国はどういう国なのか?かつてどのように帝国になってどのように植民地を失ったのか?同じ島国としては気になるので読み始めた。奴隷やアイデンティティなどの興味深い問題が深く掘り下げられていて非常に勉強になった。

本の構成

 18世紀の「アメリカの喪失」の経験から始まり、「連合王国と帝国再編」でスコットランドとの関係を描き、「移民たちの帝国」でアメリカ・カナダ・オーストラリアに移住していく人たちを描き、「奴隷を開放する帝国」で奴隷貿易でも受けた過去を精算して奴隷解放を主導したクラークソンと歴史を紐解く。「モノの帝国」では紅茶の歴史を植民地支配とともに振り返り、1851年の万国博覧会から続く商品文化の発達を語る。「女王陛下の大英帝国」ではプライベートのイメージを作るヴィクトリア女王とその奴隷解放に進む上を描く。「帝国は楽し」でエジプト展やトマス・クック社による商業化される旅行・ミュージカルなど文化面をカバーし、「女たちの大英帝国」で女性の移民・フローラショウやメアリキングズリなどのレディトラベラ・メアリシーコルの海外での活躍に触れる。「準備された衰退」で南アフリカ戦争とそれに関係したフーリガン・ボーイスカウト運動とさらに日英同盟の始まりと終わりを語り、最後に「帝国の遺産」でガートルード・ベルとイラク建国の顛末に続き移民とアイデンティティで締め、大英帝国の歴史と現在の問題にもつなげる。

気になったポイント1 ローマ帝国衰亡史

 ローマ帝国衰亡史は哲人皇帝マルクス・アレニウスが亡くなるところからビザンツ帝国が滅亡するまでの帝国が縮小していく過程を描いたギボンによる歴史物語だが、国会議員でもあったギボンのローマ帝国衰亡史がアメリカの喪失の体験と関わりがあったというのはまったく知らなかった。ギボンも参戦したというフランスとの七年戦争で積み上がった負債の一部をアメリカに追わせようとしたところからアメリカとの対立が始まっているが、ローマ帝国衰亡史がアメリカ独立の同時期に描かれていて、さらに国会議員としてアメリカ喪失を間近で見ていたというのも驚いた。

気になったポイント2 アイデンティティ

 スコットランド人の徴兵やジャコバイドの反乱やスコットランド帝国を作ろうとしたが失敗して、イングランドの経済的な締め付けにより大英帝国に取り込まれていったことなどは、イングランドを理解するうえでは非常に重要なピースであった。またそれが風と共に去りぬの下地になっているというのも興味深かった。
 植民地にいた奴隷も現在につながる重要な問題で、奴隷問題に対して尽力したクラークソンは素晴らしい人物に映った。しかし紅茶も奴隷によって支えられていたもので、紅茶のリプトンのブランド名にも「帝国」の文字があるのは知らなかった。インドや南アフリカ戦争など帝国と敵対した外国人たちの扱いのツケもイングランドは払っていて、現在の国内問題にも通じているのは興味深い。思えば日本の在日朝鮮人問題も同じような構造かもしれない。

最後に

 奴隷や女性などに関連するテーマを掘り下げて書いてあるので、非常に興味深く読めた。細かい文化的なテーマにも触れていて楽しめるのと共に、主にアイデンティティに関わる大英帝国に生きる人々の思考も理解でき、ブレグジットの背景に横たわる大きなものも感じることができた気がする。また、女性の著者だからか女性の活躍にスポットが当てられていたのも良かった。

 ということで、近代のイングランドの歴史や文化を知りたい・学びたい人にはおすすめです!

ヘルシンキ 生活の練習

2021 筑摩書房 朴沙羅

「日本との最大の違いは、保育園に入る権利は、保護者である親の労働状況にではなく、子供の教育を受ける権利に紐付いていることである」

フィンランドの保育園のことが書いてあると読んで手にとった。日本の保育園の利用者としては気になるところだ。二児の母であり社会学を専門とする筆者のフィンランドへの移住体験を中心としたエッセイ。

本の構成

 著者は父親が在日韓国人で母親が日本人の”ハーフ在日”である。6歳と2歳の子を持つ母親でもある。話はヘルシンキの職場に採用され、フィンランドへの移住を決意するところから始まる。ヘルシンキに降り立つと、家探し、銀行口座解説、保育園探し、と外国での生活に必要なことを行う。その中で保育園や就学前教育の制度なども説明される。外国人IDはカードのプラスチック(ラミネートフィルム?)がないということで2周間のところが4週間待たされたりして、最悪だというような感想も漏らす。決してフィンランドが日本よりも素晴らしいというような論調ではない。
 中盤は保育園の内容や、子育てなどで精神的に追い詰められて外国人向けの相談所に電話した話。後半は自分の過去の生い立ちなどを中心に語られる。

 口座が作れての保育園のことを越えて日本や自分の生い立ちについても書かれている。

 筆者は在日社会にもなじめず日本社会でもマイノリティーとして暮らしていて、もともと生まれなどを気にしなくても良い外国への憧れもあったことが語られている。日本で在日+女性+母親というのはハッキリ言って三重苦だ。日本社会は在日を嫌い排除し、女性を嫌い排除し、母親を嫌い排除し、おそらく(舌打ちされたり)子どもも嫌っている。筆者が外国を目指すのは理解できる。もしかしてユダヤ人も同じようにして世界中に散らばっているのかもとも思う。一方で社会学が専門なので細かい社会制度などが客観的に語られて、日本と比較されている。

気になったポイント ー 日本社会の息苦しさ

「私は日本にいるとき、ずっと息苦しいような、とてもひどい社会に生きているような気がしていた。その感覚はうそではない。実際に、2020年の3月から4月にかけて、日本に住んでいた知人の心理的な負担感や閉塞感は、紛れもなく本当で、それは自殺者の数となって現れている。」

 2020年5月のオンライン調査によると、日本の指導者の評価は世界で最低、逆にフィンランド政府は概ね評価されていた。一方で人口あたりの死者は日本のほうが少なく、補償の規模も日本の方が多い。筆者は日本人たちが苦しいと感じている理由は政府・政治と別なところに起因しているのではない?と疑問を呈している。

 私も息苦しいと感じているのを見ることがあるので、これは重要な点だと感じた。個人的には多くの人が暗黙的に作り出す”世間”の狭量なスタンダード(標準化されたルール)などが生きにくくしている気もする。そのスタンダードの一つが”おもてなし”だ。タクシーやコンビニでも海外のサービスに慣れると日本の”おもてなし”的な対応は異様さすら感じる。一昔前は少しぶっきらぼうでも良かったのではないか。社会が個人に求めるハードルが変に上がってしまい、適応障害者を生み出しているのだとしたら、”おもてなし”は消えてなくなってほしい。

気になったポイント ー 共助と公助

「京都で通っている保育園は、(中略)保護者の共同体でもある。(中略) 保育園だけを比較するなら、おそらく京都の保育園のほうが、子供と親を育てる共同体としてのスキルの蓄積と保護者・保育士・経営者の団結力と友情において、この、ヘルシンキの畑の学ん赤にある保育園絵より優れているように感じる。
 でも、そんな共同体も、保育園の先生たちの情熱や努力も、保護者の熱意や協力も、もしかすると必要ないのかもしれない。保護者の労働時間が短く、保育が労働者の福利厚生でなく子ども個々人の権利として制度化されているならば。そして皆がある種の『あたたかさ』を求めないのであれば。」

フィンランドの保育園は朝の八時から八時半までの間に登園すると、給食の朝ごはんが食べられる!行事もほぼなく、保護者どうしの交流もない。日本の弁当文化を「すごいねー」と言われる一方で「それはいつ必要なの?」と聞かれる。公助を充実させる運動をせずに、自助や共助で何とかしようとしてしまう日本。それが今の不幸な日本を演出している一要素だとも私には読めた。

気になったポイント ー スキル

「『正直さ』『忍耐力』『勇気』『感謝』『謙虚さ』『共感』『自己規律』などなどを『才能』でなく『スキル』ととることについて、なんとなく狐につままれたような気分だった。(中略)
 私は、思いやりや根気や好奇心や感受性といったものは、性格や性質だと思ってきた。けれどもそれらは、どうも子どもたちの通う保育園では、練習するべき、あるいは練習することが可能な技術だと考えられている。」

 保育園の面談で子どもが練習が足りているスキルはどれかとスキルが書いてあるカードを並べだした。日本では性格や性質と理解されているものが”スキル”として理解されていて、保育園の先生たちは「いいところ」「悪いところ」という発想を持っていなくて、「練習が足りていること」「練習が足りていないこと」と捉えている。

 この発想は面白い。このような発想で子どももそうだが、親とかマネージャの上司など、暗黙知になっているようなスキルを可視化して練習するようにすれば世の中もっと良くなるのではないか。よくよく考えると私の所属するスーパーホワイト企業はマネージャーに対してかなり頻繁に研修をしている。何度も練習を重ねているのかもしれない。

気になったポイント ー 在日コリアンと平和

「中学生あたりから、何度か『日本と韓国が戦争になったら、お前はどちらにつくのか?』と質問されるたびに、くちでは『どっちでしょうねー』と言いつつ、心の中では『私がどうしたらいいかオロオロしている間に、お前みたいなやつが私を殺しに来るだろうから、私がその質問の答えを考える必要はない』と思っていた」

 たしかに在日コリアンの人は関東大震災でもデマが流れて殺されたらしいので、有事の際に在日コリアンの虐殺は起こりうる。筆者の両親が子どもよりも自分の人生を優先し、戦争反対の集会やデモにをしたことを作者は苦々しく記憶している。けれど、上の話にあるように有事に命の危険にさらされるのであれば、戦争などを避けようとする運動を積極的に行うのはもっともな気もする。筆者は戦争は辛く苦しいことという戦争反対な立場をとっているが、戦争は誰かの経済的な利益のために行われ、一般国民が犠牲になる。そして残念なことにそのような経済的な利益のために一般国民が犠牲を強いられるのは戦争だけではなくて、現在の日本や世界で現在進行系で見かけることである。

最後に

 作者は最後に『たくさん友達を作って、粘り強く、できる範囲で、みんなで力を合わせて社会を変えていこう』と呼びかける。人々が助け合う制度のある社会や”公”がある国があることで、それは人々の力で作っていけるのだと感じた。

 フィンランドの諸制度や保育園などを知りたい人だけでなく、保育園・幼稚園を使っている子育て中の親たちには響くないようがあるはずなので、ぜひに読んでもらいたい。