1965 東京創元社 エーリッヒ・フロム, 日高 六郎
「われわれの願望-そして同じくわれわれの思想や感情-が、どこまでわれわれ自身のものではなくて、外部からもたらされたものであるかを知ることには、特殊な困難がともなう。それは権威と自由という問題と密接につながっている。近代史が経過するうちに、教会の権威は国家の権威に、国家の権威は良心の権威に交代し、現代においては良心の権威は、同調の道具としての、常識や世論という匿名の権威に交代した。われわれは古い明らさまな形の権威から自分を解放したので、新しい権威の餌食となっていることに気がつかない。」
『自由からの逃走』はドイツ生まれの社会心理学者エーリッヒ・フロムによって1941年に発表された。フロムはヒトラーの全体主義に世界が震撼するその最中に、この作品を世に送り出した。
人は精神的な孤独を避けるために帰属を求める。それを宗教改革に見られた社会現象を通して分析する。さらに孤独の不安に端を発する権威志向、それに伴うサディズム的傾向、マゾヒズム的傾向を説明する。この傾向で支配欲や帰属欲、DVまでも説明できるとしている。そしてナチズムを権威志向の観点から分析し、最後にフロムが考える自由、それを支えるデモクラシーへの希望が書かれている。
大学時代に買った本。やっと読んだ…ふー。濃いぜ。ルターの心理学的背景とか知らなかった。一般的に言われている“愛”を「サド・マゾヒズム的な執着」と切っていたのは面白かった。ディズニー批判、メディア批判も今と変わらなくてウケた。
読んでいる最中に(本当の“自由”を享受しているのは誰?芸術家?)とか思っていたら、自発性を持っているのは芸術家だと書いてあった。しかし成功しない芸術家は神経症患者にされるという…。さらに加えて「子供も自発性を持っていて、それが子供を魅力的にしている」というニュアンスが書いてあったが、これには大賛成。私が子供に魅力と無限の可能性を感じるのはこのためだ。
最後に「デモクラシーが自由の発展について不可欠」と書かれていたが、これも「文明の衝突」などを読むと、(デモクラシー自体が西欧主義の一部ということで普遍性はない)とのことだったので、ウムムである。そういえば「文明の衝突」に韓国について「近代社会の精神的なニーズを儒教では満たせなかったので、韓国はキリスト教化した」というようなことが書かれていた。けど、日本は?と思ってしまう。韓国の儒教なんて日本の何倍も徹底しているのに。日本には強い権威が存在しないように感じているけど、それは自分が権威の中にいるからなの?世間体などの権威も今は下火に思えるのだけど…。日本が謎です。
ともあれ、私は普遍的な価値の存在を信じている!
そう!帰属に足る完全無欠の権威を探しているのだ!w